とあるラブレター

虹色

第1話


おかしい。

何かがおかしい。

俺は、稲葉さんにラブレターにて彼女に告白したはずだ。

だけれど、彼女からはいっこうに返事がない。

手紙が悪かったのか。

否、ちゃんと確認した。

忍ばせる机の場所も、

机に忍ばせたラブレターを読んでいる姿も、確認済み。

なのにどうして、彼女は何も言ってこない。

俺を嘲笑って遊んでいるのだろうか。


あれから1週間が経つ。

彼女はいつも通り、学校生活を過ごしている。

俺はストーカーの如く、彼女の様子を見守っている。

しかし、日常は動かない。

俺の心労と胸の痛みだけが続く。


「山本くん、おはよー」


稲葉さんは、俺に何も知らないような感じで挨拶をした。


「そういえば、私の机の中にこんな手紙入ってたんだけど」


と、稲葉さんは俺に、俺が書いたラブレターを見せる。

我ながら達筆な字である。

この山本七曜の唯一にして絶対の特技、それが書道である。


「ごめん、日本語っぽいことはわかるんだけど、何書いてあるか読めない。山本くん、書道家だったよね。読める、これ?」


しまった、

想いを伝えるべく、

精神集中して、

俺のもてる力を全て振り絞った末に、

無意識に書道家の血が騒いでしまったらしい。

我ながら達筆過ぎた。

俺は読めるが、彼女は読めない。

同じ言語だが、伝わらなくては意味がない。


だが、ある意味今は告白のための絶好の機会。

自分で書いたラブレターを、

恋する彼女の前で、

内容を声に出して伝える、

という最早ふつうに告白するより恥ずかしい状態だが。


ここで逃せば、俺は一生のこの想いを胸に秘めて終わるかもしれない。

彼女が誰かに幸せにしてもらう未来など見たくはない。

彼女の幸せは、俺が作る。


稲葉さんから、ラブレターを奪い取り、内容を一読。別にみる必要はない。なぜなら、頭の中に内容は入ってるし、伝えるべき内容は二言だ。


『君が好きだ』


『俺と付き合ってください』


その二言。



なるほど、と彼女は納得した顔をする。


「そっか、これラブレターだったんだね。じゃあ、これを書いた名無しさんに伝えといて」


名前も書いていなかったのか。どれだけ俺はケアレスミスを繰り返すのだろうか。

彼女は申し訳そうに笑顔を作る。


「私、彼氏いるから。気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい」


ぺこりと頭を下げる。

そしてそのまま、去っていく。

それ以上は何も言わず、全速力で走っていく。

ものの10秒で、彼女は俺の視界から消えた。


俺は知らなかったのだ、

自分のことしか頭になかった。

彼女が既に誰かのものになっていることも、

別に俺のことをなんとも思ってないことも、

何も知らなかった。

そして知ろうとも、しなかった。

努力を怠った。

見たいものしか見ず、見たくないものは、避けた。


そんな俺に、略奪愛を試みる気力はなかった。


結局俺は、しがない書道家。

女などには目もくれず、書の道に明け暮れよとの神の掲示なのかもしれない。


その日、自宅に帰り、自身の気持ちを文字に表した。


『もう恋なんてしない!』


我ながら達筆だ。

あぁ、我が字ながら愛おしい。

文字と恋愛できればな、墨に涙を滲ませ、しみじみと思った。

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とあるラブレター 虹色 @nococox

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