広い意味でゼミ旅行

アンドウ イリエ

『広い意味でゼミ旅行』

「そうだ、奈良に行こう」



仏像マニア坂本の発案で、春のサークル旅行は奈良と決まった。



彼女には大学のゼミ旅行だと嘘をついて来てしまった。



サークルの旅行だと知られたら、ヤキモチ焼きの麻衣と大喧嘩必至。



だけど、うちのゼミのテーマは「現代の労働と社会保障」だから。



旅館に泊まって従業員の皆さまの労働にふれるのも、広い意味でゼミのための旅行だと思う。



もちろん、オレが旅行に参加したのは現代の労働のためだけではない。



サークルのアイドル、絵里奈ちゃんとお近づきになるためだ。


絵里奈ちゃんは先月入ったばかりの瞳のキラッキラした可愛い女の子だ。



飲み会にも来ないので、なかなか話すチャンスがなかった。


サークルの活動も夕方になると、すぐ帰ってしまう。


門限があるらしい。


お嬢様なんじゃないか?


そんな気がする。



絵里奈ちゃんとは今回急接近しておかなければ、次はいつチャンスが来るか分からん。



大広間で飲み会が始まるやいなや、オレは絵里奈ちゃんとナナミとのすき間に無理やり着地した。



中肉中背のオレが入るには狭すぎるスペース。



更にナナミが大型の女なので、これはきつい。


足をくずすこともできず正座でおさまった。


「なに?なに?なんでここに座るのよ?」


ナナミは声も大。



「せっかくだから日頃交流してない人と仲良くなりたいわけ」



オレが言うと、ナナミはこっちを睨みつけた。


「せまいから、あっちに行ってよ」


太い太ももを有効に使って押してくる。



「そんな冷たいこと言うなよ」


ナナミのグラスにビールを注いで機嫌をとる。


「どうぞどうぞ」


頼む。もう少しここにいさせて。


願いをこめてナナミの目を見る。


「あなたの魂胆は分かってるのよ」



ナナミは手羽先に食らいつく。



「男ってみんなそうよね!」


「……」


そりゃそうだろうな、と言うわけにもいかない。



サークルの男の96%は絵里奈ちゃんを狙ってる。


そんな絵里奈ちゃんとナナミは仲が良い。


いつも双子みたいに一緒にいる。


皆ついつい絵里奈ちゃんを目で追ってしまう。


ナナミが面白くないのは当然だ。


「あからさま過ぎない?相方は嫌になっちゃうじゃん?」


そこまで言わんでも…。


この空気、どうすれば良いんだ?


そっと絵里奈ちゃんを見ると、ニコニコしている。


なんて鈍感な…


いや、おおらかな…


「高田の気持ちも分かるけどさ…」


ナナミは2本目の手羽先に手を出した。



「サークルなんだから、全体の和ってもんを大事にして欲しいんだよね」



しかし、絵里奈ちゃんが口をはさんできた。



「えーっ。私は全然気にならないよ。


だって、モテないからってひがむのおかしい。


仕方ないよ。」



うん、仕方ないよね!!



えっ、絵里奈ちゃん、意外と性格は悪い?



戸惑うオレの膝にナナミが手を力強く置いた。



あなた、その手で手羽先食べてましたよね?



「絵里奈が気にしないなら良いけどさ。


なんか、ごめん…」


「いいの、いいの…」


絵里奈ちゃんはグラスを手に立ち上がって、ナナミに押さえつけられているオレを見下ろした。



「ふふっ。高田くん、いつもうちらを見てたよね?


前からナナミのこと好きのかなぁって話してたんだぁ」


楽しげに笑うと、あっという間に隣の座卓へと去っていった。


そよ風のように。


違う、違う、違う!!!


オレが好きなのは、絵里奈ちゃんで。


ナナミはぐいっとオレの顔をのぞき込む。



「ナナミ、なんだか酔っ払っちゃった…」



いや、あなたまだ呑んでませんよね?





























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