第7話 我々の業界ではご褒美です!
「おぉ〜、こりゃすげぇ」
やはりというか、客室も呆れ返るほど絢爛な造りをしていた。
広い部屋の中央には、一人用のカウチが対となって二脚。間には黒い材木で拵えられた丸テーブルが。
扉の右手側にある角には、小さな事務机も備えられている。その上には年季の入った、不思議な形をした
左手側にはアンティーク棚。俺の背丈ほどもある大きさで、中にはビッシリと書物が詰め込まれている。
言葉は理解できたけど、文字はどうだろう。もし解読できなければ、一から勉強という事になってしまうが。それはそれで気の遠くなる話である。
そして部屋の奥。木枠付きの大きな窓がはめ込まれた面には、天蓋付きの見事なベッドまで鎮座している。
思わず飛び込みたい衝動に駆られたが、何とか抑え込む。
寝転んだが最期、朝まで起きない自信が今の俺にはあったのだ。
ひとまず、カウチに腰掛ける事にしよう。
フラフラとした足取りで、部屋の中央へと向かう。
ボフッ。と音を立てて、夢のように体が沈み込んだ。
激動の一日を過ごした体に、これは堪らない!
「あ、あぁ〜!?もうっだめだぁ!!寝る!俺は寝るぞぉ!?」
「いま寝たら御飯がたべられないっすよ?」
言って、部屋の隅に置いてある、先端に白い結晶が付随した長物を持って来た。
天井に吊り下げられているシャンデリアを、コンコンと二回ほど軽く叩くと、部屋中がパッと暖かい光で満たされた。
なるほど。それがこの世界の電灯代わりなのか。
感心していると、ロッドを元の場所に戻したホロが、対面のカウチにちょこんと座った。
何気無い顔でこちらを見つめている。
「仕事には戻らなくて大丈夫か?」
「お客さんの相手をするのもメイドの仕事っすから」
「物は言いようだよな。つまりサボりか」
「そうとも言うっすね」
「悪いヤツめ。嫌いじゃないぜ、そういうの」
二人して、クツクツと小さく笑い合う。
労働中とて、ある程度のゆとりは大事だよな。
世のブラック企業のお偉いさん方には、彼女の生き方を是非とも見習っていただきたい。
「んじゃあ折角だ。俺の暇つぶしに付き合ってもらおうかな」
暇つぶしとは言うが、要は体のいい情報収集である。
不自然にならない程度には話を聞かせていただこう。
この世界で生きていく為には必要不可欠なことだ。
「まず、聞きたいんだけど。ホロは何の種族なんだ?」
より良い関係を築く為の対話術、其の一。
先ずは相手の事から知りましょう。
見た目からして犬っぽいけど、さてどうだろうか。
「自分は狼の獣人っす。テザーランド出身っすよ。
ロクっちはどこ出身っすか?」
なるほど、犬ではなく狼だったか。
言われてみれば、ホロと言う名前には狼の意味があったような気が。存外、地球との共通点も多いのかもしれないな。充分な収穫と言える。
しっかし、どう答えたもんかね、その質問には。
ヘタを打ってはボロが出そうだ。
ホロには悪いけど、ちょっと搦め手でいこうか。
「さぁて、何処だと思う?当ててみてくれ」
「むむっ?」
ホロが小さく唸った。
目を細め、舐め回すように俺の全身を観察し始める。
「その不思議な服装は見た事ないっすけど。黒い髪に黒い瞳……。うーむむむ?」
だいぶ迷っている。
ちょっと意地悪な質問だったな。
この世界の、ありとあらゆる国を答えたって正解などありゃしないのだ。もし答えが帰ってきたら、こちらの応答は決まっていたのだが。
可哀想なので次の話題へ移ろうとした時、得心がいったようにホロが、ポンと両手を叩いた。
得意げな顔で
「分かったっす!さてはオリガミ出身っすね?」
「おっ?よく分かったな。正解だ」
残念。不正解である。いや、正解されても困惑するんだけど。
しかしどうやら、この世界にも日本人に似通った容姿の人種はいるらしい。
もし今後、出身地を訊かれた時にはオリガミ出身としておこう。
齟齬をきたさないよう、どんな国風なのかも調べておかないとな。
うんうん、と満足げにホロが頷く。
次いで、新たな情報を開示してきた。
「そうだろうと思ったっす。何を隠そう、セン様もオリガミ出身なんっすよ?どことなく似てるっすもんね」
「へぇ……。あの人もそうなのか。つーか、ん?
セン、様?」
割と重要っぽい情報が飛び出した気もするが、それよりも気になることができてしまった。
主人であるドロシィをドロっち呼びしておきながら、同僚であるはずのセンさんは様付けとは、これ如何に?
ホロが俄かに微笑んだ。
何やら遠い目をしている。
「それはあまり訊かないでほしいっす……」
「……そうかぁ」
いよいよもって、センさんにいびられている疑惑が濃厚である。
おのれ。こんなプリチィな女の子をいじめるとは、ヤツめ許し難し。
次に会った時には一言物申してやろうと決意した。
その時!
ガチャリ!
渦中の人物が現れた。巷で噂のセンさんだ。
ノックもせずに扉を開けては、傲岸不遜に宣った。
「餌の時間よ豚。早くこないと、全て私の胃の中に収まると知りなさい」
「い、いま行くっす」
「あら、ホロ。貴女やっぱりこんな所で油を売っていたのね。自分の仕事は一体どうしたのかしら」
「ろ、ロクっちの話し相手が今の仕事っすぅ〜……」
語勢が先細りながらも言い訳するホロ。
しかし、それを認めるような彼女ではなかった。
ずかずかと部屋の中に入って、ホロの前で仁王立ちする。
端正な顔立ちをしていながら、相変わらず表情は乏しい。左目が僅かに光を帯びた。
「私に意見するとは随分と偉くなったものね。神にでもなったつもりかしら。ほら、ケツを出しなさい。果たして、どちらが神に相応しいのか。白黒ハッキリつけようじゃない」
「いやっす、いやっすー!お尻叩きはいやっすー!」
センさんに捕縛されたホロがジタバタと暴れる。
そこにきて、いよいよ事態を飲み込めた俺は仲裁に入る事にした。
「お、おいおい。ホロは俺の相手しててくれたんだよ。それだって立派な仕事だろ?その辺にしといてやれよ」
「ロクっち……!」
「お黙りなさい。これが私なりの教育術よ。それとも、貴方が替わりにケツを捧げるのかしら?私はそれでも一向に構わないのだけれど。いい歳こいて、女の子にケツを叩かれるだなんて、さぞかし屈辱的でいい気分でしょうね」
「ごめんなさい……」
「ロクっち……!?」
花開いた表情から一転、絶望に染まるホロの顔。
俺はまだ男としての尊厳を失いたくはないんだ。力足らずで、すまん。
俺はただただ、センさんにお尻をスパンキングされるホロを無情にも見つめるのみであった。
悲痛な叫びが館内に木霊する。
耳を塞いではいけない。
ロクよ。これはお前への罰だ。
何にせよ。
センさんが上司の会社では働きたくないなぁ、と。
そう思いました。まる
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