第5話 やさしさに包まれたなら
出店に囲まれている石畳みの道をしばらく歩いていると、なにやら人々が遠巻きにこちらを見ては、ざわめいていた。
それは一般的に人間と言える人達だったり、獣の異種族だったり様々だ。
「おお、ドロッセルお嬢様だ!」
「キャー、ドロッセル様〜!」
「愛っしのドーロスィ〜ちゃ〜ん!」
「ドロシィさま!」
小さな女の子がこちらにペタペタと駆け寄って来た。背中には小さな翼が携えられている。どうやら鳥の異人らしい。
一人の少女が行動を起こした事を皮切りに、箍が外れたのか、他の者たちも一斉にこちらへ押し寄せて来た!おいおいおい。
ワイワイガヤガヤ。
ワイワイガヤガヤ。
あっという間に人垣の中心に飲まれた俺たち。
とはいえ、人々はどうやら俺には興味が無いらしく、それならそれで好都合と、ドロシィから少し離れた所で待機しておく事にした。
出来る男は場の空気を読むのだ。別に寂しくなんかないんだからね!
驚くべくは、あれ程の大人数から一度に囲まれても、ドロシィからは凡そ、焦燥という感情が見られなかった事か。どころか、どっこい。
「ドロッセルお嬢様!何時ぞやはお世話になりまして。近いうちにまた依頼を出すと思うので、その時もどうか、是非……!」
「プラムさん。ええ、任せておくといいですの。約束しましょう」
「ドロッセル様〜!また今度ファッションコーデして下さいよ〜!あん時の服ってば〜カレピからもーメッチャ評判よくって〜!」
「カーリー。貴方、遅刻癖は治せましたの?いくら服が良くったって、そういう所で愛想尽かされたら終わりですの。また仲裁に入るなんて御免ですからね」
「ドロスィ〜ちゃ〜ん!!今日はね!ぼかぁ君の為に詩を書いてきたんだよ!三日三晩したためた自信作さ!聞いてくれ!
〜君の瞳はゾディ☆アック〜」
「ジョリーうるさい」
いいー笑顔で対応しちゃったりするんだコレが。(約一名除く)
つーかすげぇなホント。まさか街の奴ら全員の名前覚えてるなんて言わないよな?
そんな感じで、わちゃわちゃと面談が続く中、あの子の番がやってきた。この状況を作った立役者。鳥人の女の子である。嬉しそうに翼をパタつかせて、その場でぴょんぴょこ跳ねている。
目線を合わせる様に、ドロシィが小さくしゃがみこんだ。
「ドロシィさま!あのね、あのね!お母さんもお父さんも、このまちにすめるようになったんだよ!ドロシィさまのおかげ!ありがとう!」
「ううん、私はちょっと手伝っただけ。ビビのお母さんとお父さんが頑張ったおかげですの。困ったことがあったらまたいつでもおいで。歓迎します」
「うん!あっ、そうだ!これあげるね!お父さんからおしえてもらったの!……はい!ばいばいドロシィさま!」
元気いっぱいに人垣を抜けて、風の如く彼方へと駆けて行った。
それからも、しばらくの間は彼女と人々の和気藹々とした面談は続くのだが、長くなりそうなので、ここらで割愛。
そして。
いよいよ人影も疎らになった頃。ようやくドロシィが戻ってきた。
「ごめんなさい。待たせましたの」
「いやぁ……なんつーか、随分と慕われてんのな」
「ありがたい話なのです」
「さっきの……鳥人の女の子は何くれたんだ?」
壊れ物でも扱うかのように、ゆっくりと懐に手を伸ばす。出てきたのは……一本の真っ白い羽?
「鳥人族は、決別の証として、半分に折れた羽を。
親愛の印として、一本の羽を渡すと聞きますが」
慈しむような眼差しで
「また一つ、宝物が増えました」
そっと、包み込むように胸に押し当てる。
それを見て、俺も胸の奥が熱くなる。頬も少し。
誤魔化すように言った。
「良い、街だよなっ!ここは」
「そう思ってくれる方がいるだけで、私は幸せですの」
今までの、イタズラを企む子供の笑みとはまた違う。
それは、やさしさに包まれた、心からの笑顔。
人々はみな陽気で、生命力に満ち満ちている。
人間や竜人、獣人、鳥人。他にもあらゆる種族が垣根なく、このロンドルシアでは営みを共にしている。
そこに至るまでに、ドロシィの努力がどれほどのものだったか、想像に難くない。
泣きたくなる日もあったかも知れない。
でも、きっと、彼女は決して泣かなかっただろう。
まだ出会って間もないが、たぶん、彼女なら、なんて。
「さて、遅くなってしまいましたが、そろそろ我が家へご招待しましょうね。今夜はゆっくり眠るといいでしょう」
ドロシィは先導し、前へ前へと進んでいく。
喧騒は遥か遠く。何処からか、波の音が微かに聞こえた気がする。
風に揺れて、木々が静かにざわめいた。
景色が寂しくなってきたからだろうか。
なんとなく、先ほどまでの情景がリフレインした。
町民達の、あの優しい笑顔。
ドロシィの慈愛に満ちたあの眼差しを思い、思った。
「おい。ドロシィ。その生き様は危ういぞ」
……何故そう思ったのかは、わからなかった。
斯くして。
その予感は最悪の形となり、いつかその身に降りかかる事になるのだが
それは、また先のお話である。
いまは、まだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます