小心者の異世界生活〜俺が無双できるのは5回だけかよ〜

本多 敬一郎

第1話 お酒は二十歳から

「あなたがその力を使えるのは3回までです…」


「……。なんだって?」



 耳を疑わずにはいられなかった。アナタ今なんと言いました?

 聞こえなかったフリなんて白々しい真似はよせよ俺。確かに聞いたぞ。こうだ。


 ──あなたがその力を使え

「あなたがその力を使えるのは3回までです…」

「聞っこえてんだよコンッチクショウッッ!!!?」



「し、親切で言い直したのに…」と、拗ねた様子で自分の人差し指同士をモジモジと。

 なに一人でETの真似事してるんだ。俺をおウチに返してくれよ。





 閑話休題。状況説明。

 どうやら俺は死んだらしい。



 ……。……。まぁ。よくあるやつだよな。

もはや説明するまでもないと思うが、目の前でショボくれている、ゆるふわウェイブな髪型がよく似合うこの女こそ──何故だか頬が紅潮しているのは気になるが──その実この世界を管理している、それはもうお偉い女神様であり、辺りが真っ白に塗りつぶされているこの不思議ワールドも訊けば彼女のパーソナルルームなのだと言う。


 ここまで条件が揃っていれば話は明朗簡潔……のハズだった。


 昨今のラノベストーリーの流れを汲み取るに、この女神様は俺が本来送るはずだった人生に何らかの手違いでトドメを刺してくれちゃって、そのお詫びとしてチート能力を授与。

 異世界へ転生、ないし転移させてくれてご都合主義的に美少女と出会いまくり、能力を駆使しながら俺はハーレムを作り上げ、いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。とっぴんぱらりのぷぅ。


 それこそ、先人達が残してくれた王道ってもんだろう?だというに!



「あの、ホントに俺がその力を使えるのって3回だけ?もうちょっと上乗せできません?」


「うーん、じゃあ大サービスで4回」

「大差ねェーーよ!!!!」

「ひぇっ…」



 怯えられてしまった。

 うーむむ、本当に神様?

 なんというか、威厳というものがまるで無いってのは如何なものか。


「……。一応訊いておきたいんですけど俺の死因ってなんですか」


「えっと、えっと…。き、聞いても怒りませんか…?」


「場合による」



 ははぁ、さては碌でもない理由だな。

 俺は既に怒る準備万端である。

 まだ出会って数分しか経っていないが彼女のポンコツっぷりには光るものが感じられた。実際、後光なら差してるしな。


 ややあって、女神様は訥々と語り出した。



「で、では説明させていただきます…。結論から言いますと心臓麻痺です…。あのっ、ですね…。まず人の寿命というのは各世界に一柱いる神がそれぞれ一括管理しているのですが…あっ、ちなみにこれが人の寿命を形にしたものです。―輪廻の灯火リンネのトモシビ―といいまして、見た目は貴方達の世界で言う蝋燭に近いですよね…。これは貴方と同じく日本人の鏑木カブラギさんという方の灯火なんですけど…えへへ、私この炎が大好きなんです。命の輝きとでも言うのでしょうか…。人は焚き火の揺らめきと音を感じる事でリラクゼーション効果を見出すと聞いたことがありますが、この炎にも同じような効果があるのかもしれませんね…。あぁ、ずっと見ていられる…。あっ、それで、その、貴方がお亡くなりになった原因なんですけど、そのぅ…お恥ずかしながら私、本日で46億3856万4421歳になりまして、これはもうお誕生パーティをするしかないなということで、とっても大きなケーキを作ったんです…。ブッシュ・ド・ノエルという切り株型のとても可愛らしいケーキです。会心の出来でした…。クラッカーも用意したんです。お呼びできるお友達なんていないんで一人だったんですケド…。それでですね、大好物のお寿司を食べながら日本酒なんかも飲んじゃって、いい塩梅のへべれけになったので、いよいよメインディッシュのケーキを食べようと思ったところで私気づいたんです…。これをお誕生ケーキたらしめる蝋燭が刺さってないなぁって…。これはいけないと思って、千鳥足ながらもそこらへんにあった蝋燭を持ってきました…。お部屋を暗くして、今まで地球の繁栄を築き上げてきた全人類と私を褒めてあげながら火をフッと吹き消した瞬間に」


「俺がやってきたってかバカヤロウッッ……!!」



 色々と何というか、もう……。俺は泣きたくなった。

 なぁ、いいのか何処ぞの鏑木さんとやら、並びに全人類よ?こんなロクデナシを神の座に据えておいて。

 悪いことは言わんからそこら辺で鼻水垂らしてる10歳児でもとっ捕まえてきて神権を挿げ替えた方が良い。

 コイツに任せておくよりは人類寿命も延びること請け合いだろ。


 未だ頬を赤らめ、ほろ酔い状態らしきメガミサマは項垂れながら、


「うぅ…黒羽さんには申し訳ない事をしました…。私に出来ることなら何でもします…」



 このタイミングで明かされる俺の名前。

 黒羽 六。上から読んでも下から読んでもクロバロク、である。

 回文繋がりでヤオヤの大将と揶揄されまくった幼少時代は小さなトラウマだったり。

 一応断っておくが決して八百屋の息子ではないのであしからず。


 ごほん、さておき。



「だからさっきから言ってるだろう。俺をもう元の世界へ戻すことは出来ないから、詫びとして莫大な力を授けてから異世界へ送るっていうのはまぁ、百歩譲って受け入れるさ。学校生活はそれなりに充実してたし、正直納得はしたくないんだけどな。それよりもそのチート能力よ。あー、―神撃シンゲキ―っつったっけか?

一発撃つだけで山一つは軽く消し飛ぶっていう超攻撃的なだけの力も千歩譲って受け入れよう。悪漢に襲われた時に空撃ちでもすりゃ抑止力にはなりそうだ。でも、そこにきて使用可能回数!これだよこれ!たった4回ぽっち!?これだけは万歩譲ったって受け入れられーーん!!」



「そ、そうは言いましても、私は神々の中でも末端も末端…。大海の中のプランクトン1匹分くらいの力しか持ち褪せていないもので…。えへへ、お恥ずかしい……」



 一体何が可笑しいというのか。

 いよいよもって殺して欲しいのではないかとさえ思えてくる。

 死にたいのなら素直にそう言ってくれ。

 神殺しさえ辞さない所存だぞ俺は。


 とは言え地球担当の神を名乗るだけあって、もしコイツが滅されようものなら森羅万象のサイクルは瓦解し世界が崩壊するという可能性も捨てきれない。

 人類は衰退の一途を辿り、或いはプランクトンが食物連鎖の頂点にたつという事も?


 そう思うと、我が伝家の手刀も文字通り手が引っ込むというものである。

 世界を混沌の渦中に叩き落としてやりた〜い、なんて思想はイマドキ悪の組織だって持ち合わせちゃいないのだ。



 にしても、どうしようねこの状況。

 俺は本当に4回限りの、碌に使えない力しか持たずに異世界へ飛ぶしかないのか。


 聞くところによると、俺を送ることができる唯一の世界は剣と魔法が発展した完全実力主義の、まー物騒なところなのだとか。

 勿論、危険な魔物だって少し街から離れれば、我が物顔でそこら辺を闊歩闊歩と走り回っているらしい。



 ……なんだかなぁ。とても生き残れる気がしない。

 神の不手際であの世に送られて、その上これから地獄に落とされるのだと知った今の俺の気持ちは筆舌に尽くし難い。



 ──だが、そんな世界でも行かなくてはならないのだ。

 ここまでうだうだ言ってきたが、実のところ、初めから選択肢なんて用意されちゃいない。

 既に死んだ身。

 異世界行きのチケットを手に取り、復活のチャンスをものにしなければ、俺はここで朽ちるのみである。

 茨の道か、死の道か。

 どちらを選ぶと問われれば。





 例え僅かな可能性でも、新たな人生に賭けてみようじゃないか。

 ひょっとしたら美少女ともお近づきになれるかもしれないしな。



 それは諦観にも似た、俺の小さな決意だった。



「……ええい、もうヤケだ!腹は決まったぞ!送ってくれ」


「い、良いんですか本当に…?地球よりよっぽど危ない世界ですよ…?ひょっとしたら着いて直ぐ魔物に襲われちゃったりするかも…」


「そんときゃそん時で考えるさ。アンタがくれた力も……まぁ、一応あるしな。上手くやるよ」


「はい…では」



 淡い光が俺の体を包み込む。

 今更になって実感が湧いてきた。

 俺はこれから17年間過ごしてきた現世から、新世界へと旅立つのだ。

 期待と不安は1:9くらい。

 正直、先のことなんてなにも見えちゃいないけど、なんとかなるだろう。

 腐っても神さまのお墨付きだしな。

 神さまといえば、聞いておきたいことが一つ。



「そういやアンタ、名前はあるのか?」


「私の、名前?」



 予想外、とでも言いたげな惚け面。

 しかし、次の瞬間には、くしゃりと顔を綻ばせ、嬉しそうに彼女は言った。



「フォルトゥーナ」


「そうか。良い名前だな」



 ──同情、だったのかもしれない。


 きっと彼女、フォルトゥーナは長いこと孤独だったのだろう。人間の俺には与り知れぬけれど、神さまのお仕事がそう楽な事とも思えない。

 孤独に頑張り続けてきたのだろう。46億3856万4421年間、絶え間なく。


 一人は寂しい。

 そんな当たり前な事も、どうやら神さまとて例外ではなかったらしい。

 だからこそ、名前を訊かれただけで、こんなにもいじらしい笑顔を見せてくれる。


 たまには失敗だってするだろう。

 お茶目なミスで不運にも俺がお亡くなりになった事だって水に流してやるさ。



 なんだろうな。不思議と恨んじゃいないんだ。



 身を包む光が強くなってきた。いよいよ門出の時は近いらしい。



「もし」


「……うん?」



「もし…あちらの世界の神に会うような事があれば、どうかよろしく伝えて下さい」


「ない事を願うけどな。あぁ、分かった、よ……」



 世界が歪む。

 意識が遠のく。

 視界が暗転する。













 ふと、頬の辺りに温もりを感じた。







使える回数は5です。大切にしてください。


またいつか会いましょう──













こちらこそ。


お酒も程々にな。

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