どっちもどっち

高梨ひかる

第1話

「春といえば恋! 恋の季節ですね!」

「まだ3月になったばっかりで今日も10度で寒いけどな」


またはじまったかと椅子に座ったまま振り向いてみると、そこには鼻息も荒く鞄を置いた幼馴染がいた。

朝も早くからテンションの高いことである。

俺はまだ寝ていたかったのだが、始業まではあと10分ほど余裕があり、いつも通り話に付き合わされるであろうことはすでに確定済みであった。

無視ししても延々と話し続けるので、放っておくと周りから生暖かい目で見られるからである。

俺は無言の付き合ってやれよという視線に耐えられるほど精神が頑丈ではないのだ。


「で? 今日は何があったんだ」

「むふー。聞いていただけますか!」

「まずその笑い方が微妙」

「あん! そういわずここはひとつ!」


いそいそと鞄の中身を机に移しつつ、器用に話し続ける幼馴染。

小中高と同じ学校へ通うその少女は、毎回のごとく俺の後ろか横に座っているのでこのノリで話しかけるのもいつも通りのことであった。

まぁ俺の目が悪すぎていつも前に席移動するので、勉強がダメダメすぎる幼馴染の近くになってしまうというのが正解なのではあるが。

いったいいつから俺はこの少女の恋に恋する話を聞くことになったんだっけか。


「今日は風が強かったのです!」

「まぁそうだな春一番かもしれないな。目が痛くなるほどに強風だった」

「そこに現れたるは……スカートの短い女子!」


思わず下を見た。

いつも通りの膝が隠れる長さのスカートである。

安心しつつ、話の先を促す。


「……で?」

「ふっふふ。風が強い、短いスカート、いたずらなタイミングといえば……!」

「スカートめくり?」

「それはただの悪ガキ! でも春の風さんはいたずらなものなのです……!」


あ、はい。

先は読めたけど一応聞いておこう。


「思わず抑えたスカートを見かね、貸してあげるよと上着を貸す上級生……!」

「それスカートの中身見ちゃってね?」

「だまらっしゃい! ハプニングをものともせず、何事もなかったかのように接するスマートさが良いのです!」


いやただのむっつりだろ。

ペンケースをがしゃがしゃと鳴らしながら力説されるが、俺の心の琴線には何も触れなかった。


「はぁ~、素敵。女の子のリンゴのように染まった頬がまさに恋の予感!」

「スカートの中身見られて恥ずかしかっただけだろ……」


恋愛フィルターに染まった幼馴染の暴走はいつものことだが、冷静に考えるとそれ駄目なやつじゃね?

が多すぎるのが難点である。

あとペンケースは机の上に置け。またシャーペンがへし折れるぞ。


「むう。じゃあ君だったらどう対処するのですか!」

「え? 目の前の女子のスカートがめくれたら?」

「うん!」


少し考えてみるが、特に何も思いつかなかった。


「そもそも見なかった振りをすると思うが」

「え! なんで!?」

「いや指摘したら恥ずかしいだろそんなん。全然知らない女子ならそもそも見てない可能性のが高いから無視すると思う」

「恋全否定!」


そんなので恋に落ちられても嫌だと思う。


「そもそもなんで知らん女子に一目惚れせなあかんのだ」

「そこは春ですし!」

「いや、落ちないだろ……。むしろ多分見えたパンツのインパクトが強すぎて顔見れねーわ」

「破廉恥!」

「男子高校生に何を求めてんだお前は」


自分で振った話題の癖に、ひどい言いようである。


「む、むう……。じゃあそこにいるのがその、……わ、わたしだったら!?」

「んあ?」

「……」


何故か頬を染めて、自分に置き換えてくる幼馴染。

こいつの突拍子もない想定替えはどこから来るのが不思議であるが、これもいつも通りである。


「お前のスカートじゃ見えないんじゃね?」

「……!!」


その想定はなかったのか、何故かガーンとする幼馴染。

いや、普通に規定の長さであればよっぽどの強風が下から吹かない限りそのシチュエーションはないと思う。

とはいえ。


「ま、風が吹いてたら風よけ位にはなってやるよ」

「ほえ?」

「お前が歩いてるのに横に歩いてないわけないだろ?」

「……盲点! そしてスマートすぎた! さすが!」


撃沈して机に突っ伏す幼馴染を見届け、俺は予鈴を聞いて前へ向き直る。

いつも通りの時間、いつも通りの展開、いつも通りの恋に恋する幼馴染。

時々ドヤ顔をされることもあるが、大体突っ伏すまでがお約束だった。


「相変わらずだなぁ」


そもそも知らない女子に落ちる恋自体が俺にはないのだが、相変わらずそこは気づかないんだよな。

そう思いながら俺は、黒板に目線を向けるのだった。





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