2話 姉、弟

1.きょうだい離れ

 ここだけの話、俺たち姉弟は千鶴が中学生になるまで一緒に風呂に入っていたし、ひとつ布団で一緒に眠っていた。

 今でこそ発育のいい千鶴はまだぺったんこでつるつるで女を感じさせなかったし、いつでもふたりでくっついているのがあの頃はまだ当たり前だった。


 千鶴が中学に入学する前の春休み、子ども部屋を二間に隔てる壁が作られ、二段ベッドはふたつに分けられて俺と千鶴はそれぞれ個室を与えられた。

 父さんと母さんとで相談して決まったことなのだろうし、俺も言い聞かされていたからわかっていたことではあったけれど、いざ自分の部屋でひとりで眠ることになった夜は心細くて仕方なかった。


 あの心細さが、親離れきょうだい離れとして誰もが一度は抱(いだ)いて通過する類いのものであったのか、あるいは俺の場合には、この家の中で自分だけが別のものであるという違和感が滲み出たものであったのか、それはわからない。


 ただ夜中に何度も何度も目が覚めて、その度に悲しい気持ちになっていた俺のベッドに、千鶴がするりと入り込んできたときの心強さは、その後の俺の何かを確実に決定づけた、ような気がする。


「もう一緒に寝たらダメなんだよ」

「いいのいいの」

「お母さんに怒られるよ」

「いいの」

 密やかに囁いて、自分よりまだ少し小さかった俺を千鶴はぎゅっと抱きしめた。

 あの千鶴の腕の強さに俺はいつも繋ぎ止められてきた。


 おかげで反抗期らしい反抗期もないまま良い子の俺は「男の子なのに礼儀正しくてきちんとしている」とか「家族思いの優しい子」などの評判を得ている。

 別に意識して良い子であろうとしたからではなく、母さんの愛情や父さんの寛容さや、千鶴の過剰なまでのスキンシップが、俺を安定させてくれたからなのだと思う。


 千鶴がいるのといないのとでは、俺という人間はきっと全然違ってた。まだたった十八年の人生なくせにこんなふうに思い詰める俺はペシミストなのかただの阿呆なのか、まあ、後者なのだろうな。


 ……などと、夜中につらつら考えているのは、只今絶賛ベッドの中で千鶴の腕が巻き付いているからで、千鶴は俺の背中にぴったりくっついて寝息をたてている。足まで絡めて、まるで丸太にしがみつくレッサーパンダかコアラみたいだ。

 俺は薄暗い部屋の中で重く息をつく。なあ千鶴、俺はいつまでおまえの丸太でいなきゃならないんだ?





 文化祭が終わると、試合やらコンテストとは縁のない弱小部の三年生はすっかり引退モードになるのに対して、夏の大会を控えた連中はまた別に忙しそうになる。

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