2.進路

 帰宅部の俺はもちろんそんな緊張感はなく、バスケ部の村元に嫌味を言われた。

「オレより早く受験勉強に本腰入れられるのに、第一希望はこんなにランクが下なんだもんな」

「人の進路希望を覗くな。おまえは推薦選びたい放題じゃないのか?」

 なにせ文化祭実行委員長という重責を担って大成功させたのだから。


「んー、そこもやっぱり千鶴先輩に倣って同じ大学(とこ)行きたいと思ってるわけよ」

 こいつはどこまで千鶴リスペクトなんだよ。俺はちょっと呆れてしまう。

「なんつっても通うのに近いしな」

 理由も千鶴と同じじゃねえか。


「紘一もさ、同じとこ行こうとはまったく考えないわけ? バカの一つ覚えみたいに専門選んでるけど。それもなんか不自然」

「うるせえよ」

 村元はひょいっと肩を上げて、パックのお茶のストローをくわえながら俺のクラスの教室から出ていった。

 まったく、あいつもよくわからんヤツだ。舌打ちを堪えながら俺は手の中に握り込んでしまった進路希望調査表を机の上で延ばした。





「そういう話にばかりなるんだよなー」

「え?」

 帰り道。またまた並んで自転車を走らせながら俺は香澄相手にぼやいてしまった。

「進路のこと。ちょっちウザい」

「ああ、うん。進学校だし。……紘一くんはずっと専門行くって言ってるよね」

「初志貫徹。香澄は?」

「ちいちゃんの大学がいいかなあって」

 げ、香澄もかよ。俺はちょっと唖然としてしまう。


「近いからっていうのも大きいし、私立の総合大学の中では入学料も授業料も安い方なの。だからトータルで安くすむかなって。あそこ目指すなら頑張らないとだけど国立よりは可能性あるから」


 香澄はちらっと山の方へ目線を飛ばした。俺はといえば、思わぬ理由に更にぽかんとなる。授業料。そこまで香澄は調べてるのか。

 それからああ、と思った。すっかり忘れがちになっていたが香澄の家は母子家庭なのだ。運動会や参観日など親が学校に来る機会の多い小学生の頃には意識していたけれど。


「偉いなあ、香澄は」

 心底思ってコメントした。

「そんなことないけど」

 応えた香澄の声はちょっとバツが悪そうだ。でも偉いと褒めたのは間違いじゃないと俺は思った。


 俺だってなるべく家計に負担かけないようにと考えてはいるけど、金銭的なことをきちんと調べるまで至っていない。我ながら中途半端なんだよな、なんでも。


 香澄と別れひとりで駅前のロータリーに差し掛かる。北へと延びる駅前通りを少し進むと、前方の幹線道路との交差点の信号が青に変わり、路線バスが近づいてくるのが見えた。話題の千鶴の大学から下りてきたバスだ。

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