21.忠告

「先輩泣いてただろ。どんな理由があろうと男が女を泣かせたなら、とにかくまず謝れ、相手が母親とか家族でもだ。……っていうのがうちの父ちゃんの教えでな、オレは大方この教えは間違ってないと思ってる」

 村元はひょいと肩を上げてみせる。薄暗くて表情はわからなかったがもしかしたら心配しているのだろうか。


 校庭の方から名前を呼ばれ、村元はすぐにそっちへ行ってしまった。俺はまたぼーっと遠目に小さな火花を眺めながら、食堂での香澄との会話を思い出す――。


「その後、みんなで線路沿いの道まで星を見に行ったんだよ」

「あ、それ、ちょっと思い出したかも」

 母さんの説教が終わったとたん調子を取り戻した俺は、得意げに香澄に夏の大三角形の位置を教えたのではなかったか。


 母さんと香澄の母親は子どもたちから少し離れて、小さな声でずっと話し込んでいた気がする。

 ママ友仲間というのは、お互いの会話の呼吸がわかるようになると一気に打ち解けて色々話すようになる。うちの母さんは相手の会話のテンポに合わせるのが非常に上手い。

 千鶴も、そういうところが母さんに似て人と話すのが得意なのかもしれないと今更ながらに思う。


「ちいちゃんは、わたしのことずっと睨んでた」

 ぽそっと香澄が言って、俺はそうだったろうかと思い出す。

「あの頃から仲良しだもんね、紘一くんとちいちゃん。紘一くんのこと困らせたわたしのことが気に入らなかったんだろうな」

「まさか、あいつはその頃から香澄に対してあんなだったのか?」

「え、やだ。そんなことはないって」

 香澄はイチゴミルクのパックから手を離して顔の前で振った。

「いつもではないよ、ただ、時々ね。時々。いつもはわたしにも優しかったもん」


 ちょっと黙り、また何かを思い出すように香澄は空中の一点をじっと見つめた。


「通学路に、野良犬がいて。怖かったの、覚えてる?」

「覚えてるぞ。大きな黒い犬だろ? アキラんちの近くの、畑と墓の間の道にいた」

「そうそう。怖くてさ、みんなで固まって帰ったりしたじゃない? で、ちいちゃんが一緒のときには、すごく心強かったの覚えてる。みんな先に行って、なんてちいちゃんが守ってくれて。中学生になってからも勉強教えてくれたり、研究課題とか手伝ってくれたり。わたし、一人っ子だから紘一くんたちきょうだいが羨ましかった。いつも一緒で仲良しで、いいなあって」

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