標準的さようなら

エリー.ファー

標準的さようなら

「どっか遊びに行こうよ。」

「いいよ。」

 僕たちはかなり仲が良いと思う。そのために付き合った訳であり、できる限り、同じ所に行くようにしている。お互いのことが好きであるし、それを周りに隠す気もない。

 そのようなことをしているせいで、警察に追われる身になった今も、必ず愛は貫き通すつもりだ。

 それは、結局相手のことを思うということでもあるし、自分自身の生き方に自信を持つ、ということなのだろう。誰もが誰も、自分をしっかりと見つめて生きている訳ではない。恋人という存在はそのような時に、鏡となって自分を映してくれる。

「どうしても、一緒に生きていくことが難しかったら。」

「そうね。」

「でも、そんな日は来ないから、心配しないで。」

「うん、そう願ってるわ。」

 そうして、オープンカーに乗りながら高速道路を逃げ続けていると、不意に、彼女の口紅の色が気になった。

「口紅変えたよね。」

「ごめーん、車が早くて聞こえなーい。なんてー。」

「口紅をぉっ、変えたよねぇっ。」

「受け口がぁっ、何ぃっ。」

 僕は車のハンドルを切ると隣のトラックのタイヤへと体当たりをする。そのまま左手でハンドルを持ったまま、銃でタイヤに四発弾をねじ込ませて、直ぐに車を離した。

 その拍子にオープンカーの後ろが空いてしまい、そこから四か月前に殺して、しまったままにしておいた、この町の市長の腐乱した死体が転がり落ちる。

 小指の爪ほどの大きさの蠅が次から次へと飛びだしていき、そのまま後ろへと消えていく。

「口紅ぃっ、変えただろぉっ、もっとぉっ、自然な色になってぇっ、似合ってるねぇっ。」

「買ってないよぉっ。この車はぁっ、さっきぃ、あたしが盗んできたやつだよぉっ。」

「違うよぉっ、そうじゃないよぉっ。」

「違うよぉっ、これはあたしが持ち主を銃殺してぇっ、盗んできたのおぉっ、確かに家にあるやつと形は同じだけどぉっ、このぉっ、バックミラーのところにぃっ、二人の顔写真を小さくプリントしたシール貼ってるでしょぉっ。」

「だからぁっ。」

「何でぇっ、そういう大切なことをぉっ、忘れちゃうのぉっ、思い出の車でしょぉっ。貴方の両親を轢き殺した時に使った車じゃないぃっ、そういうことを覚えておかないからぁっ。もうぉっ。」

 隣の端へと飛び移るために速度を上げていく。時速を指し示すメーターは完全に振り切れる。

 後ろから飛んでくる銃弾が耳をかすめて、血しぶきが飛び散り、そのタイミングで彼女が振り返り、ワイヤーの両端に分銅を付けたものを振り回しながら、後ろへと投げ付ける。

 美しい弧を描いた後に、すぐさま地面と平行になる。

 追いかけてくる車のフロントガラスが一瞬で血に染まり、左右へ揺れながら速度を落とし、そのままぶつかって大破する。

 爆発音を聞くころには、こちらの車は隣の橋に着地しており、そのまま道路が焼けつくような音を立てて、ハンドルを切り続けエンジンをふかし続ける。

 服ははためき。

 サングラスをしていても目が乾く。

 音が間延びして消え、いつの間にか後ろへと遠ざかる。

「だからぁっ、口紅がぁっ、すっごくぅっ、似合ってると言いたかったんだぁっ。」

「どう言い訳したってぇっ、あたしはぁっ、貴方のぉっ、直ぐにぃっ、思い出を忘れてしまう癖はぁっ、許さないんだからねぇっ。」

 私はハンドルを握りながら、何度も彼女の方に顔を向けた。

 正直困る。

「分かったぁっ、すまなかったぁっ。」

「今更なによぉっ。」

「後、言っておかなければおいけないことがあるぅっ。」

「何よぉっ。」

「愛してるぅっ。」

 彼女がこちらを向いて微笑むと、頬にキスをした。

「私がぁっ、何を言われたら機嫌を直すのかぁっ、分かってるんだからぁっ。」

 彼女は嬉しそうに微笑む。

 僕は思う。

 ちなみに、あの車で轢き殺したのは僕の両親じゃなくて、君の両親だ、と。

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