猫耳ぱんでみっく new

けろよん

第1話 猫耳を付けた日

 暖かで気持ちのいい天候に恵まれた休日の朝、僕はデートの待ち合わせ場所に向かって急いでいた。


「ごめん、待った?」

「今来たところよ」


 着いたのは約束よりも前の時間だったけど、彼女はもう先に来て待っていた。

 僕に今日の日差しよりも暖かい笑顔を見せてくれるのが、僕のお付き合いしている飯島先輩。

 容姿端麗、成績優秀、家はお金持ちのお嬢様で、僕にはもったいないぐらいの彼女だったけど、ただ一つ困った点があった。


「よしよし、ちゃんと付けて来てくれたわね。今日も可愛いわ」

「はは、ありがとうございます」


 僕の頭を撫でるように伸ばされた彼女の手。その先にあるのは僕の頭に付けられた猫耳だ。

 彼女が猫を好きだとは付き合うまで知らなかった。そのことを彼女に言うと、飯島先輩は笑顔でこう言った。


「あら、わたしは猫を好きなんじゃないわ」

「では、何を?」

「わたしの好きなのは猫耳よ」

「違いが分かりません」


 彼女の言う事はよく分からなかったが……

 ともあれ、憧れの飯島先輩と付き合うことになった僕は彼女に好かれるために頭に猫耳を付けることになったのだった。

 二人仲良く手を繋いでテーマパークを歩いていく。前を猫が横切った。


「見てください、先輩。猫が横切りましたよ」

「ああ、横切ったわね」


 ゆるキャラの猫のニャン太君がちびっ子達に風船を配っているのが見えた。


「見てください、先輩。ニャン太君ですよ」

「ああ、ニャン太君がいるわね」


 先輩、ちっとも猫に興味が無さそう。


「カピパラと兎がいるのに猫がいない……」


 それでも僕が先輩の興味を引きそうな猫を探そうとしていると、先輩が組んでいた腕を引っ張ってムッとしたように僕を見上げて言ってきた。


「前にも言ったけど、わたしは猫が好きなんじゃないの。猫耳が好きなの。だからもう猫を探そうとするのは止めなさい」

「僕は……」


 きっと先輩に好かれているという保証が欲しかったのかもしれない。この猫耳はいたずらじゃなくて本当に好きだから付けさせられているんだと実感できるような。

 このまま何も気にせずに彼女の言う事を聞いていれば、さぞ楽しいデートになったことだろう。

 でも、もう僕は限界だった。こんな人の多い場所に来て、彼女と腕を組んで、何で男が猫耳なんかを付けないといけないんだろう。

 ヘラヘラとしている自分、死んでしまえと思った。僕だって男としてかっこよく見られたい。だから思い切って言ってしまった。


「僕は嫌なんだ! こんな猫耳なんて!」

「なんで!? 可愛いのに!」


 先輩は落雷を受けたようにショックを受けていたが、構うものか。僕は思い切って言ってやった。


「だって、こんな猫耳なんて付けている男、他にいないじゃないか! 僕は恥ずかしいんだよ!」

「恥ずかしい!?」

「そうだよ! 普通、男は猫耳なんて頭に付けないんだよ!」

「そう、つまり君はみんなが普通に頭に猫耳を付けていれば恥ずかしくないのね!」

「え……? あ……ああ、そうだよ! それなら恥ずかしくないよ! みんなが付けているものならね!」


 僕は思い切って言ってしまった。言い始めたらもう止まらなかった。

 まだデートを始めたばかりの時間だったのに彼女はすぐに帰ってしまった。

 僕は後悔したがもうデートは続けられなかったし、彼女に言う言葉が見つからなくてメールすることも出来なかった。




 それから数日後、僕はお金持ちで容姿端麗で行動力のある彼女を甘く見ていたことを実感した。

 世間では猫耳が流行り始め、最先端の若者のファッションだと雑誌やテレビで紹介されるようになった。

 久しぶりに彼女にデートに呼び出されて(めっちゃ嬉しかった)来てみると、周りには猫耳を付けた若者達が大勢いた。


「待ったー?」

「今来たところだよ」


 今度は気がせいて早く来てしまったので、僕は落ち着いて彼女を待つことが出来た。

 笑顔で手を振って合流する飯島先輩はすぐに僕と腕を組んでくる。懐かしくてくすぐったい感触だ。一緒に歩き始める柔らかくて優しい彼女に僕は訊いた。


「これ、先輩が流行らせたんですか?」


 僕はてっきりお金持ちの彼女が手を回したんだと思っていたのだが。先輩はやんわりと否定した。


「ううん、猫耳には元から流行るポテンシャルがあったんだよ。わたしはただ一押しをやっただけ」

「そうですか。一押しで……」


 パワーを実感してしまう。

 これだけ猫耳があったら彼女はさぞかし嬉しいだろうと思ったが、飯島先輩は目を輝かせることもなく浮かない顔をしていた。

 しばらく歩いて、その思いを口にした。


「わたし、今まで自分が猫耳を好きだと思っていたんだけど、どうもそうじゃなかったみたい」

「そうなんですか?」


 僕にとっては驚きの事実だ。僕は先輩が好きだから猫耳を付けさせられていたと思っていたのに。では、今までの猫耳の日々は何だったのかと。

 周囲には猫耳を付けている若者達が大勢いる。みんな幸せそうだが、先輩はちっとも興味無さそう。その視線はかつての猫を見るかのようだ。

 驚愕する僕に、先輩は腕を組んだまますぐ至近から見上げて言ってきた。


「君と会って分かったよ。わたし、猫耳を付けた君が好きだったんだ」

「ああ……そう……」


 僕を見上げるその顔はとても輝いていて、僕は照れてそっぽを向いてしまう。

 どうやら僕は猫耳からも先輩からも逃げられそうにない。

 腕はがっつりとホールドされている。猫耳が風に揺れている。

 僕達は幸せだった。 

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