原理主義者たちの夜
花るんるん
第1話
「やっぱりショートケーキだろ」
「いえ、何と言っても、モンブランよ」
スイーツは日々、進化している。
ただ、変わらないおいしさもある。
そして、変わらない関係もある。
僕達のように。
「太郎。どうしてあなたは、太郎なの?」
「花子。どうして君は、花子なんだい?」
宇宙の存在理由を僕達は答えることはできない。
「なぜ、宇宙はあるのか」という問いに答えることはできない。
それは人間の言語の能力を、知性を超えた問いだ。
存在は端的に、奇跡だ。
だから、「どうしてあなたは、太郎なの?」という問いを止めることができないにしても、原理的に答えることはできない。
だから、「どうして君は、花子なんだい?」という問いを止めることができないにしても、原理的に答えることはできない。
なぜ、キツネ族とタヌキ族が数千年も争っているのか、答えることはできない。
なぜ、太郎がキツネ族で、花子がタヌキ族であるのか、答えることはできない。
だが。
「このショートケーキのおいしさは、確かな事実」と太郎は言う。
「このモンブランのおいしさは、確かな事実」と花子は言う。
この世にある、数少ない確かな事実を積み上げて、今の僕達がある。
な?
「星を数えに行こう」と君は言った。「星を数えに行こうよ」
「このショートケーキを一口、食べた後ならな」
「キツネは、ショートケーキを食べないの」
「じゃあ、タヌキもモンブラン、食べないよ」
不毛だ。
不毛じゃないか、この会話。
「不毛なんかじゃないわ」と君は言った。「あなた、毛がフサフサよ」
「そんなこと言うなら、君だって、毛がフサフサだ」
僕だ。
僕のせいだ。
悪いのは、いつも僕だ。
問われるべきは、僕。
「どうしたの?」
「問われるべきは、僕」
「どうしたの?」
「ああ。おはよう。ただ、それだけ」
「私達の関係も、『ただ、それだけ』?」
そんなこと、ある訳ないだろ。
キツネもタヌキも化かし合う。
恋は化かし合い。
でも、僕は、君にはそんなことはしない。
「おはよう。本当に?」
「本当の本当に」
とってもとっても大好きだから。
I really really really really like you だ。
人は何かを真剣に語ろうとするとき、簡単な言葉を重ねることしかできない。
言語の限界と、可能性を感じる。
「それでもまだ、語れる」と。
「人じゃないよね?」
…………。
「キツネだよね?」
「キツネです」
人に化けたキツネです。
「いいじゃん、ほとんど人なんだから」
「だめ」と君は言った。「絶対、だめ」
「ショートケーキあげるから」
「絶対、だめ」
「モンブランあげるから」
「絶対、だめ」と君は言った。「と言いたいところだけど、この宇宙に『絶対』はない、と。全ての事象をあますことなく観察はしていない、と」
「そう」
「しょうがないな、食べてやるよ。モンブラン」
食べてくれよ、モンブラン。
モンブラン、モンブラン、モンブラン。
「いやあ、モンブラン冥利に尽きますね」とモンブラン博士は言った。
「化けるのはやめて」と君は言った。「あなたはあなたらしく。モンブラン博士になんかならないで」
気づいたら、僕達はいつの間にか、別の存在になってしまう。なってしまうかもしれない。
僕はタヌキに化け、君はキツネに化け。
ショートケーキはモンブランに化け、モンブランはショートケーキに化ける。
もうすぐ、キツネ族とタヌキ族の戦いが始まる。
だから、何だ?
「私達はキツネやタヌキである前に、私達である」と(君が化けた)モンブラン博士が言った。
ね?
原理主義者たちの夜 花るんるん @hiroP
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます