恋は明後日を向く

池田蕉陽

第1話 恋は明後日を向く


 どういうことだ。何故あいつがここにいるんだよ。


 駅前、時計台の下で俺は浮気相手と待ち合わせをしていた。


 浮気相手といっても一ヶ月前にネットで知り合った女の子で、名前は千夏という。千夏は俺と同じで高校二年生で同じ東京出身。


 俺は千夏の顔を知らない。千夏も俺の顔を知らない。千夏の雰囲気が可愛いから気に入った部分もある。千夏も俺の事が気になっているとチャットで言ってくれた。


 だから実際会ってみようとなったのだ。日曜日の午後十二時に、ある駅前の時計台の下で待ち合わせをすることになった。


 こうして俺はウキウキワクワクしながら出向いたのだ。だがその近くまで来た時、俺は激しい目眩に襲われた。


 何故なら時計台の下に待っていたのは、俺の彼女のマナティーだったからだ。本当は真奈という名前で俺は彼女のことをマナティーと呼んでいる。


 有り得ない。あいつがここにいるはずがない。知り合いに見られたくないから最寄りから三駅も離れた場所の駅前を待ち合わせにしたんたぞ。それなのに何故マナティーもここに……。


 俺は電柱の影に隠れようとした。しかし足をそっちに向けようとした瞬間、マナティーと目が合ってしまった。


 最悪だ。


「け、ケンちゃん!」


 マナティーがいつものように俺のことをそう呼んだ。健太郎でケンちゃんだ。


「や、やあマナティー。こんな所で偶然だね。なにしてるの?」


 俺は軽く手を挙げながらマナティーに近づく。


 大丈夫か俺、上手く笑えてるか? 自然に笑え自然にだ。


「ケンちゃんこそ何してるの?」


 マナティーめ、質問を質問で返してきやがった。前に自己啓発本で読んだけど、こういう時たいてい相手はやましいことを隠しているんだ。


「俺は増永と遊ぶ約束してて、ここが待ち合わせなんだよ」


 増永は高校の同級生で俺の友達だ。


「へ、へー私とのデート断ったのも増永くんと先に約束してたから?」


「そうそう、悪いな」


「でも増永くん、今日はサッカー部の活動があって忙しいって言ってたと思うんだけど……」


 え。嘘だろ、あいつそんなこと言ってたか?


「あ、えーと違う。その増永じゃない。中学校時代の増永だ。うん、増永 康太って言うんだ」


 大嘘だ。そんな奴はいない。だが、マナティーとは高校で知り合ったので、俺のこの嘘も嘘かどうかは確信を持てないはずだ。


「そ、そうなんだ」


 マナティーは怪訝にしている様子だが、幸いそれからは詮索してこなかった。俺は吐息を漏らしそうになるのを堪えた。


「それでマナティーはなにしているんだよ」


「私? 私も待ち合わせだよ。菜月と」


 菜月はマナティーの友達のことだ。


 だが本当にそうなのか? この駅で菜月とマナティーが待ち合わせって少しおかしくないか? 少し鎌をかけてみるか。


「え、まじ? でも菜月今日は家の用事があって一日中忙しいって言ってたけどな」


 俺はマナティーの顔を凝視する。マナティーの顔に動揺が走るのを俺は見逃さなかった。


「ち、違うよケンちゃん。そっちの菜月じゃないよ。ナ・ツキの方だよ」


「いや誰だよそれ」


「私の幼馴染だよ! 忘れたの?」


「いいや、そんな人はいない。マナティー、さてはお前、ここで浮気相手と待ち合わせしていたんじゃないのか?」


 マナティーの顔が強ばっていた。やはりそうなのだな。相変わらずマナティーは嘘が下手だ。


「そんな訳ないじゃん。ケンちゃんがいるのに他の男と遊んだりしないよ」


「じゃあなんでさっき嘘ついたんだ」


 マナティーは口をつぐんだ。だがすぐにそれを開けた。


「ほ、本当は男の人と待ち合わせしてる」


 やはりそうだ。マナティーも浮気してたんだ。しかしとんだ偶然だ。俺もマナティーも浮気相手とこの時計台の下で待ち合わせをするなんて。やはり恋人同士だから考えは似るのか。


「で、でもね? そういう関係じゃないよ?」


 マナティーめ、この期に及んでまだ嘘をつくというのか。


「じゃあ誰なんだよ」


 俺は口調をとがめた。


「お父さんだよ」


「な、なに? 嘘だろ」


「本当だよ」


「でもマナティーの両親は離婚して……」


「うん離婚してるよ。でもね、私とお父さんは連絡取り合ってるよ。それで今日、家族のことで相談があるって言われてここで待ち合わせしてたの」


「ならどうして最初からそれを言わないんだ」


「ややこしくなりそうだからまた今度言おうと思ってたの。本当だよケンちゃん。だから浮気なんかじゃない」


 マナティーは中々流暢に喋っていた。嘘か本当か分からない。だが真実味はある。


「そ、そうか。なら信じるよ」


「ありがとうケンちゃん」


 ほっとしているようにも見えなくはない。だがそれは俺に真実を分かってもらえたことによるものから来ているかもしれない。


「ケンちゃん、今日はなんだかいつもよりおしゃれだね」


「え、え? そうか? 普通だろ」


 普通ではなかった。昨日は今日のデートのためにユニシロで服を買ったのだ。


「全然普通じゃないよ。私とのデートの時は無地の服とか着てくるくせに、どうして今日はかっこいい英語の文字が入ってるの? 男友達と遊ぶんだよね?」


「なんとなくだよ。こんな服もたまには着るさ」


「家にあったもの?」


「当然だ。俺が服なんか買いに行くわけないだろ」


 するとマナティーは一歩俺の所に近づいて、俺の服を嗅いだ。


「新品の匂い……いつもの洗剤の匂いはしない」


 目を細めてマナティーがいう。


「最近新品スプレーってのがショッピングモールとかに売ってるんだよ。それかけたらどんな服でも新品の匂いに変わるんだ」


「そんなもの見たことないよ」


「多分最新なんだ。でも多分もうどこにも売ってない。あれ人気だったからな」


 やばい。非常にまずい。マナティーも俺の浮気を疑ってる。そしてマナティーは服の新品の匂いという痛い所をついてきた。


「ケンちゃん、もしかして浮気してる?」


「は? してるわけないだろ。マナティーがいながらそんなことするはずないじゃないか」


「本当に?」


「ああ、本当だ」


「ならここでずっと待ってていい?」


「え、どういうこと?」


「だから、その増永くんっていう子が本当に来るのか見たいからここで見てていい?」


 マナティー……それはいけないぜ……


「でも親父さんが来るんでしょ?」


「お父さんには今から急用が出来たって連絡する」


 嘘だろおい。


 マナティーはスマートフォンを取り出した。何度が画面をタップする。


 まずい、まずいぞ。この状態で千夏が来てしまえばアウトだ。時計台はここしかないから必ず千夏はここに現れる。


 すると、俺のスマートフォンが鳴った。


 千夏からか?


 俺は画面を開く。案の定そうだった。


『ごめん!今日急用入っちゃって遊べなくなっちゃった!また来週遊ぼ?ごめんね、逃げたわけじゃないよ?』


 うおおおおお奇跡だ! これで千夏はここに現れない。


「お父さんに連絡入れたよ」


「そうか」


「なにニヤニヤしてるの?」


「いや別に」


 これで一安心だ。千夏は訪れない。勿論架空の増永も現れることはないが、最終的にそれはすっぽかされたで済む。


「にしても増永の野郎遅いな」


 俺は腕時計に目を落としながら言った。既に十二時を十分回っている。


「本当に来るの?」


「来るはずだ」


 来ないさ。誰も来ない。ずっとこのままマナティーと二人だ。浮気がばれる心配もなくなったわけだ。


「親父さんから連絡きたか?」


 俺は軽くなった気持ちでマナティーに聞く。


「ううん。でも既読はついてるんだよね」


「電話かけてみたらどうだ?」


 すると、マナティーの長い睫毛まつげがピクリと動いた。そのまま固まっている。


「どうした? 電話しないのか?」


「う、うん別にいい」


「なんでだよ。絶対した方がいいだろ」


 それからも逡巡しゅんじゅんするも、マナティーは何か決心したような顔で電話をかけた様子だ。


 すると、俺のスマートフォンが鳴った。メールではく電話だった。


 誰からだろと思って見てみたら、その名前に俺は唖然とした。


 千夏だった。


 嘘だろ。普通いきなり電話かけてくるか?


 まだ俺は千夏と電話したことがなかった。


 隣のマナティーをうっすらと横目で窺う。まだ親父さんは出てないようで、ずっと耳に携帯を当てている。


 バレないか心配だったが、俺は応答ボタンを押した。


「「もしもし」」


「「…………」」


 長い沈黙が訪れた。それからは一言と口を交わさなかった。聞き覚えのある声に悟ったからだ。多分それはマナティーもだった。俺は電話を切った。


「ま、まああれだな。人間生きてると色々あるよな」


「そ、そうね。本当にびっくりするくらい色々あるよね」


 奇妙な空気が俺とマナティーを取り巻いていた。


「じゃ、じゃあもうこうなった事だし、二人でどっか行くか?」


「そうだね、そうしよ。デート行こ」


 結局俺達は恋人という名の浮気相手とデートすることになった。







































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