リアルラブコメ主人公

@r_417

リアルラブコメ主人公

***


「あー、私も漫画みたいな恋したいー」


 そう言って、読んでいた漫画片手につぶやくのは我が幼馴染・花梨(かりん)。

 生まれた時から隣人として付き合いを続けていれば、花梨が人一倍夢見がちな少女であることは否が応でも理解できる。だからこそ、花梨の発言に深みもなければ、オチもなく、ただただ口をついて出た発言に過ぎないことも熟知しているつもりだ。ならば、返す言葉も自ずと決まってくるだろう。


「……ねぇ、花梨」

「なあに? 大貴(たいき)?」

「花梨的には漫画みたいな恋が、自分に出来ると本当に思ってるの?」

「へ?」

「いや、今日だって家のカギを忘れて俺ん家に雨宿り。昨日はスケッチブックを忘れて、昼休憩に慌てて購入。更には、一昨日には……」

「わー!! 大貴に迷惑かけてることは謝るよ!! でも、いいじゃん。夢見たって」


 ボソボソとバツが悪そうにつぶやく花梨に、俺はにこやかに答えてみる。


「へ? 別に俺、花梨に無理とは言ってなくない?」

「……え?」


 そう言って、花梨は少しばかり考え込む。恐らく、俺との会話を反芻しているのだろう。しばらく待っていると、花梨の表情がパッと明るくなる。どうやら俺が花梨の恋に対して、現時点で否定的なコメントをしていないことに気付いたようだ。


「やっぱり、持つべきものは幼馴染だねえ。理解してくれるのは大貴だけだよ」


 にこにこと笑みを浮かべている花梨を放置しておいてもいいのだが、敢えて攻めてみることにする。


「だってさ、花梨。考えてもみなよ。カギの件にしても、スケッチブック購入代の立て替えにしても。最後は幼馴染の俺が尻拭いしてるパターンが常習化してるだろ?」

「……えっと、これは詫びの品を大貴に献上しろという流れに持っていく感じなのかな?」


 恐る恐る、俺を窺っている様子から多少は申し訳なさを感じているようだ。とはいえ、花梨に対してのフォローを重荷と捉えたことなど一度もない。


「違う違う。そうじゃなくて、『漫画みたいな恋』の話だよ」

「へ?」


 サラッと否定し、恋バナに持っていく俺の言葉に激しく動揺している花梨に向けて、慣れない流し目まで行ってみることにする。


「もう既に花梨はしてると俺は思うんだよね」

「え、え、え……っ!?」


 普段、恋バナなんてしない俺の饒舌さも加わり、花梨のキャパは既にオーバーしかけている。曰くありげな笑みを浮かべつつ、敢えて間を置き、パニックになっている花梨を更にテンパらせてみようと躍起になる。


「だってさ、幼馴染にまるで一回り近く年が離れた妹のように面倒見てもらって、恋したいと愚痴る構図とか。漫画でよくあるパターンじゃない? 『お前にはまだ早い』ってね」


 そう言って、俺はテーブルの上に置いてあった通販カタログをクルッと丸めて花梨の頭をポンッと軽く叩いてみる。未だ、呆気にとられたままの花梨に向けて述べる言葉はただ一つ。


「違うの? 『漫画みたいな恋』って?」

「ちっ、違うに決まってるーっ!!」


 ようやく花梨のフリーズした意識が戻ってきたらしい。キャンキャンと小型犬のように吠えながら『恋とは〜』とどこかで拾ってきたような定義を羅列させつつ、講釈を垂れている。


 てか、無理だよね。花梨チャン。

 恋に恋する花梨が、恋の酸いも甘いも分かるわけないんだから。


 花梨の述べる『漫画みたいな恋』のシチュエーションが、白馬の王子さまの登場を夢見ていることくらい、手に取るように分かっていた。だが、敢えて汲み取ろうとせず、からかうチョイスをした俺は『幼馴染の恋が一筋縄で1ミクロンも進展するはずがない』というラブコメ漫画の実写化があれば、素で主人公に大抜擢されるほどのヘタレっぷりに違いないだろう。


【Fin.】

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