高峰さんのデレは赤すぎる。

維 黎

赤は情熱の色

 うちの系図を辿たどると、じーちゃんのじーちゃん、いわゆる高祖父こうそふに当たる人が、気孔術に長けた人だったらしい。

 その血筋は薄まらず脈々と受け継がれ、じーちゃんも母さんも、二人のねーちゃんも腕っ節がやたら強い。四人いる従姉妹連中も同じく強い。

 特に下のねーちゃんは、ガチで修行したらしく、僕は直接見てないんだけど、ツキノワグマを絞め落したという漫画的逸話いつわがある。


 しかしながら、僕はというと腕っ節はからっきしだった。だから僕だけみんなと違うんだと思い込み、小さな子供の頃は、本当は別の家の子なんじゃないかと疑った時期もあった。

 結論から言うと、別の家の子じゃなかったし、ちゃんと気孔術の血統も受け継いでいた。みんなと多少違う形ではあったけれど。



「相変わらず赤いですよね。高峰たかみねさんって」

「――唐突になんの話?」

「いや、高峰さんの""の話」

「またその話なの? 太一くんの方こそ、相変わらず好きなのね。その手の話」

「いや、本当に視えるんですよ? 今のとこなんだけど」

「なによ、その使えない能力は?」

「いや、これが、とあることに関しては結構使える能力なんです。この力のおかげで高峰さんと付き合えてるようなもんだし」

「あら? どういう意味かしら?」


 自分で言うのもなんだけど、僕はイケメンってわけじゃなく、どこにでもいるような普通の顔立ちだ。十六年の人生の中で、誰かから告白されたことは一度も無い。

 だけど、中一の初告白から高峰さんを含めた三度の告白は、すべてOKをもらった。

 僕にはのだ。

 好意をもってくれている女性は、淡いピンクの陽炎かげろうのような"気"が発せられている。

 なので今のとこ成功率は100%だった。


「あら、それじゃ私からもその"気"とやらが視えているって言うのね? じゃぁ、やっぱりそれは太一くんの幻覚よ。そんなの視えるはずないもの」

「視えるんですってば」

「そんなはずないわ。だって私は太一くんに対して、恋愛感情なんて持っていないもの。今もこうして一緒にお茶してるのは、一人でお茶をするより、二人の方が美味しく感じられるからってことだけだもの。勘違いさせていたのならごめんなさいね。太一くんのことは、もちろん嫌いじゃないのだけれど、異性に対してじゃなくて、人懐っこい犬に対する気持ちと同じかしら」


 長台詞ながぜりふを噛まずに一気に言ったあと、優雅にティーカップを口元に運ぶ高峰さん。

 容姿端麗、頭脳明晰、おまけに社長令嬢の沈着冷静な美少女クールビューティー

 僕の高校の人気NO.1の女子マドンナは、上級生から下級生まで学年を問わず、告白をされては断る――の繰り返しの日々を過ごしている人だった。


「えー? 本当ですか?」

「えぇ。本当よ」

「本当の本当に?」

「ええ。本当の本当の本当よ」

「本当の本当のほ――」

「そのパターンはよしましょう。痛いバカップル過ぎるわ」


 それじゃぁ、ちょっと作戦を変えてみよう。

 直接攻撃に移行する。

 再びティーカップに伸ばそうとしたその手をそっと手のひらで包み込む。


「ねぇ、高峰さん」

「――これは一体、なんのつもりかしら?」


 怒った様子はない。もちろん、喜んでいる様子にも見えない。不快感を表してもいない。いたって冷静。なんの変化も見えない。

 でも高峰さんの美しい白い手を掴んだ瞬間、僕にだけは視えた。


 シュボボボボボボボ!!!


 という効果音と共に、高峰さんの"気"が一気に膨らむのを。

 それはまるで『栗餡クリアンのことかぁぁぁ!』と怒りを爆発させたスーパーサンマ人のごとき、"気"の爆発だった。


 過去に付き合った二人の女の子は、こんなにも勢いのある"気"を見せたことがない。

 穏やかに立ち昇る陽炎のような"気"だったし、色も薄く淡いピンク。

 だけど高峰さんの"気"は赤。しかも普段からけっこうメラメラ立ち昇っているのだけど、今は『餃子の玉将たましょう』の厨房の炎みたいに勢いがある。


「――手を離してもらえないかしら? お茶が飲めないのだけれど」

「ごめん、ごめん」


 手を離すと、高峰さんはティーカップを取りゆっくりと口をつける。

 特に顔を赤らめることなく、ティーカップを持つ手が震えることもない。

 でも赤い"気"は、まだぜんぜん勢いが衰えていなかった。


「高峰さんって、物凄いツンデレですよね」

「――それは何か侮辱的意味が含まれているのかしら?」

「そんなことないですよ。でも、ツンデレって何か知ってるんですか? 高峰さん」

「それぐらいのこと知っているわよ。普段はツンと済ましている子が、なにか嬉しいこがあると『ペロペロさん』みたいにドロッとなることを言うのでしょう? 失礼な話ね。私はツンと済ましているのではなくて、いつでもどこでも冷静で泰然たいぜんとしているだけよ。あと、どんなに嬉しいことがあってもドロッとなることは絶対に無いわ」


 それじゃぁ、ツンドロだ。

 というか、高峰さんが『オーガーロード』を見てるのには驚きだ。


「誰もあんな風にドロっとならないですけどね」


 高峰さんは否定してるけど、絶対にツンデレキャラだと僕は想う。

 完璧過ぎて、沈着冷静さが崩れることがないから、他の人は気づいていないだけなんだ。彼女のデレは見せないんじゃなく、見えないだけ。ラノベ風に言えば"見えざるデレインビジブルスキル"といったところか。

 これは僕だけの楽しみ。


「高峰さんは嬉しいことを言われてもデレたりしないんだ?」

「しないわ」

「僕はあなたを愛しています」

「――そう。一応、ありがとうと言っておくわ」


 ゴゴゴゴゴゴォォォ!!!


 赤い、いや、紅い"気"が一気に噴出した。

 まるで盛大なキャンプファイアーみたい。

 けれど、高峰さんの表情は一切変わらない。

 おそらくだけど、体温や心拍数も変化ないんじゃなかろうか。

 衰え知らずの盛大な"気"に思わず両の手のひらを向けて、暖を取るポーズ。

 "気"に熱量はないのだけれど。


 さて。次はどうやってデレさせようかと思っていると、


「おうおうおう! 良いスケ連れてるじゃねーかよぉ。俺っちたちも混ぜてくれよぅおぅ」


 なんかすごい人達キャラが二人出てきた。

 モヒカンって言うのかな、あれ。漫画でしか見たことない。確か『西斗せいとの拳』だったかな。


「よー、にーちゃん。こんな良い女は、にーちゃんには合わねぇからよー。俺っちが変わってやんよー。どきな!」


 もう一人のモヒカン男が僕の肩を掴もうとする。


 パシャ!


 ティーカップの中に残っていた液体を、高峰さんが男にかけた。飲んでいたのはロイヤルミルクティー。今はどうでもいいことだけど。


「な、なにしやがる!!」

「それはこっちの台詞せりふよ。あなた、今なにをしようとしたのかしら? その子に指一本でも触れたりしたら――コロスワヨ」

「――!?」


 二人の男は押し黙り硬直する。

 直感、というか本能が察したのだろう。高峰さんは本気だと。


「な、なに……言ってやが……る」


 男たちは完全にビビッていた。ついでに言えば僕も。

 ちょーおっかねぇ。

 絶対に高峰さんを怒らせないようにしよっと。

 

 高峰さんを見てみれば、こんな状況でも沈着冷静。

 怖がっている様子はもちろんのこと、怒っている様子もない。


 あれ?


 高峰さんから漂う"気"が変わっていた。

 視たこともない色。青い"気"。

 今まで好意のピンクしか視たことなかったのに。高峰さんは赤だけど。


「もう一度だけ言うわ。その子に触れたら容赦しないわ。とっとと失せなさい」

「お、おい。行こうぜ」

「あ、あぁ」


 モヒカンズはスゴスゴと逃げ去っていく。

 ちなみに、もう終盤になって今さらだけど、僕たちがお茶をしているのはチェーン店のコーヒーショップのテラス席。

 

「大丈夫だった?」

「うん。なんともないよ。ありがとう」

「――そう」


 高峰さんはしばらく僕をじっと見つめた後、そうつぶやいた。

 その途端、青かった"気"がまた赤に変わった。

 もしかして、心配してくれる"気"は青いのかな。

 そんな素振りはぜんぜん見せなかったけど、僕はそう確信した。

 十六年目にして新しい発見。


「助けてくれてありがとう」

「――別に」


 僕のお礼の言葉に高峰さんは素っ気無く返事を返す。


 ポッ


 一瞬、高峰さんから漂う"気"が大きく揺らめいた。

 僕はそれを見て席を立ち、ゆっくりと高峰さんに近づく。

 僕の中にあるありったけの親愛を込めて、ついばむように高峰さんの頬にキスをする。

 

 チュ♪


 時刻は午後二時四十分。

 夕暮れには、まだほど遠い時間だけれど。

 僕の視界いっぱいに広がる真っ赤な"気"は、まるで夕焼けのようだった――。



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