勘違いする少年と気づかない少女

皐月鬼

勘違いする少年と気づかない少女

 2月14日——バレンタインデー。学校で男子がチョコレートをもらえないかソワソワするその日、朝登校すると僕の机の中に手紙が入っていた。女の子っぽい可愛らしいデザインの封筒に、ハート型のシールで封をされている。一目見れば、それが何なのかなんて誰でも想像できるだろう。所謂、ラブレターというやつだった。


「好きです。付き合ってください」


 内容はこの二文だけだった。小さくて可愛らしい丸文字で書かれていた。

 ヤバいヤバい! どうしよう。めっちゃ嬉しい。ついにモテ期が来た。僕の青春がやっと幕を開けた。どんな子だろう。小柄な体型で若干幼さが残るあの子だろうか。それとも誰にでも人当たりの良い、あの学級委員長の子だろうか。今まで恋愛経験なんて全くと言っていいほどなかった僕だけれど、こういうときはどう対処するのが適切なのか……なんてことは考えなかった。

 だって怪しい。怪しすぎる。正直、ラブレターそれを見た時、ほんの一瞬だけ嬉しい気持ちにはなったりもしたけれど、すぐに思いとどまった。

 そもそも、いつもクラスの端の方にいる僕のような「陰キャラ」に恋焦がれる少女、なんていうものが存在するはずがない。そんなライトノベルの主人公じゃあるまいし、ある日突然、何の前触れもなく彼女だとか、女友達といったものができる訳がない。

 現実的に考えよう。少し冷静になればわかることだ。陰キャラにラブレター。その状況の実態はいたって単純。「いたずら」である。偽物のラブレターを僕の机の中に入れ、それを見た僕の反応を観察する。そうやって楽しむという、とても卑劣な行為だ。

 そしてこういったものはたいてい、集団で行われる。一人でやっても大して面白くないからだ。数人で群がって初めて、内輪ノリという形で盛り上がる。絶好のネタになる。

 このラブレターが偽物だと断言できる証拠はないけど、怪しい点が一つ。差出人の名前が書かれていなかった。普通に考えて、ラブレターに自分の名前を書き忘れるなんて凡ミスをする人間なんてめったにいない。センター試験で受験番号を書き忘れる、というレベルの大失態だ。そんなミスをする人間がゼロだなんて言うつもりは毛頭ないけど、確率でいえばかなり低い方に分類されるのは確かだろう。意図的に無記名にした可能性を考えてみても、特にメリットは思いつかない。勇気を出して書いた(と思われる)ラブレターなのに、一番大事な「恋している」ということが伝わらないなんてデメリットしかない。

 これが偽物で、無記名にすることで僕に差出人を予想する余地を残し、その反応を楽しもうとしている、そう考える方がよっぽど自然だ。

 そうだとすればちょうど今、教室内でまさに僕の様子を観察している集団がいるということになる。バレないようにコソコソしているつもりだろうけど、そうはいかない。

 こんなことを言うのはどうかと思うけど、人間観察は僕の得意分野だ。相手に気づかれないようにラブレターの犯人を見つけ出すくらい、朝飯前だ。余裕で出来る。

 さて、それじゃあサクッと犯人を見つけてやることにしよう……まぁ、直接文句を言いに行く勇気は僕にはないんだけど。



 

 ついに出しちゃった。ラブレター。目つきは悪いし、顔もかっこいいとは言い難いけど、そこを気にしているところがとにかく可愛い。クラスメイトになった四月のあの日、一目惚れした。今までなかなか勇気が出なくて告白できなかったけどやっと今日できた。告白って言っても直接じゃないけど。一年近く先延ばしにしてきたけど、それで結局手紙って……。


「好きです。付き合ってください」


 文面はシンプルにした。本当はもっと色々書きたかったけど、あんまり書くと引かれちゃうかもだし……あとは文字を間違うなんて真似は絶対にしたくなかった。さすがにミスはないはず。間違える場所がないし、あんなに見直ししたんだもん。

 彼の様子を観察する。あまり感情が顔に出ないタイプなんだけど、さっき手紙を見つけた時、一瞬だけ嬉しそうな顔をしたのが可愛かった。

 そういえば、返事はどうやってくるんだろう。やっぱり直接かな? 隣にいるわけだし、そうするのが一番手っ取り早い気はする。でも、すぐに返事っていうのは難しいからやっぱり手紙? どっちでもいいけど、すごくドキドキする。今も心臓がバクバクしているのが分かる。付き合えることになったらどうしよう。振られちゃったらどうしよう……いや、今更そんなことを考えても仕方ないか。私ができるのは待つことだけ。彼の返事を気長に待つことにしよう。

 



 犯人らしき人物はすぐに見つかった……というかすぐ隣にいた。僕に気づかれていないつもりでこちらをちらちら見てくる子が。しかもかなり分かりやすい。僕の人間観察能力を駆使するまでもなく、一目見たら分かるレベルだった。もうちょっと感情うまく隠せよ……。

 問題は……その子の周りに友達らしき人間がいなかった。他に怪しい人間は教室内にはいない。顔を赤くしているし、もしかして……なんてことは考えるな。こんな子が僕のことを好いてくれているわけがない。僕に不釣り合いすぎる。

 サラサラとした耳元までの長さの黒髪。整った顔立ち。美少女と形容するのがふさわしい彼女が僕に好意を持っているなんてことはありえない。「あいつ、もしかして僕のこと好きなんじゃね?」なんて思ってしまっては相手の思う壺だ。

 僕に恋している風を装って、内心では僕の反応をネタにしようとしているんだ。そう考えると彼女の感情のだだ漏れ具合にも納得がいく。彼女を取り巻く友達がいないのはそれを悟られないため。用意周到すぎる……。

 とりあえず、今は犯人捜しを中断。作戦を練ることにしよう。

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