勇者の告白は勇者の剣の精に邪魔される運命にある

佐久間零式改

勇者の告白は勇者の剣の精に邪魔される運命にある





 天空魔王城ラバスタでの最終決戦の末、無事に魔王を討伐し、世界平和を取り戻したというのに、勇者である俺はどうしてこんな場所にいるのだろうか。


 ここにいるのが俺だけではなく、忍術マイスターのキリエ・モモチと一緒なのが救いだ。


「なあ、キリエ。ここはどこなんだろうな」


「……分かりません。雲に阻まれていて地上が見えませんし」


 俺とキリエがいるのは、どこかの塔の頂点だ。


 頂点というべきか天辺というべきか、塔の一番上にある部屋などではなく、塔の一番上にある、人二人がようやく立っていられる事ができる程度のスペースしかない屋根のような場所だ。


 ちょっとでも足を滑らせたり、何かの拍子で体勢を崩したりしたら、そのまま地上に真っ逆さまといった案配の場所でもある。


 身じろぎ程度はできるけれども、動き回ったりはとてもじゃないができない。


 そんなところだから、俺とキリエは塔そのものにしがみつくようにしてなんとか生きている。


 当然俺とキリエの距離は近い。


 触れようと思えば、手と手が触れあうし、相手の顔をじっと見つめる事だってできないことはない。


「魔王を倒したっいうのに、どういう事なんだよ」


「魔王を倒した直後、天空魔王城が崩壊し始めましたから、それで……投げ出されたのかもしれません」


「……そうだったんだ。最終奥義を魔王に叩きこんだところまでは覚えているんだが、その後は魔王の消滅に巻き込まれそうになっていたからよく分かってないんだ」


「魔王は相打ちを狙っていたようでした。そのため、天空魔王城を崩壊させたのでしょう」


「……そっか」


 これで世界に平和が訪れる。


『魔王を倒して世界が平和になったら、あいつに告白するんだ』


 以前、共に旅をしている戦士オラントに酒の席でそう呟いた事があった。


 誰に告白するのかは口にはしなかったが、オラントは気づいてはいたようだ。


 そう俺が告白しようと思っていた相手は……


「……キリエ。お前って付き合っている奴っていたっけ?」


「ど、どうしたんです? きゅ、急に……」


 一緒に塔にしがみついているキリエの顔を見やると、ちょっとだけ顔が赤くなったように見える。


 気のせいかもしれないが。


「こんな状況で言うべき事じゃないだけど、気になってさ」


「……わ、私のような忍ぶ者には付き合っている人などいません。だって、私は日陰者ですから……」


「そんな事ないだろう。キリエは十分に魅力的だと思う。可愛いし、何よりも影ながら俺達を助けてくれていた事に感謝しても足りないくらいだ」


「ゆ、勇者さん、ずるいです。そんなふうに言うだなんて……」


 キリエは俺と目が合うと、即座に目を反らした。


 そして、耳まで真っ赤にさせて押し黙ってしまった。


 もしかして、キリエも俺の事を……?


 だったら、ここは言うべきだな。


「キリエ、聞いてくれ! 俺は! おまえ……」


『ここはセーブポイントだ』


 俺の『お前』という台詞にかぶせるようにして、よく分からない渋そうな男の声が聞こえた。


「なっ?!」


「今の声は?」


 キリエにも聞こえていたようだ。


 俺もキリエも、どこから声がしているのだろうかと周囲をうかがう。


 だが、当然集には誰もいない。


『魔王消滅に巻き込まれそうになっていたお前と、お前を助けようとしていたキリエをセーブポイントに飛ばしたのだ』


 また渋い声が響く。


「誰だ、お前」


 俺とキリエには見えない誰かがここにはいるというのか?


『私は勇者の剣の精だ。こうして言葉を発するのは今日が初めてだ』


 衝撃の事実だ。


 俺の佩いている剣が喋れるだと?!


 長年使ってきたのに初めて知ったわ。


「……なるほど、俺とキリエを助けてくれたのは、お前だったのか。感謝する」


 さてと……。


 告白の続きをしないとな。


 剣の精とかいう奴に聞かれるのは恥ずかしいが、今はそんな事を言ってはいられない。


 このまま死ぬ可能性だってあるんだから、心残りがないようにきちんとキリエに告白しなくっちゃな。


「……キリエ」


 気を取り直して、キリエと向き合った。


「……な、何です?」


 キリエが俺を横目でチラリと見る。


 耳まで紅潮させているキリエは可愛い。


 女賢者だとか、女僧侶だとか、女武闘家の影に隠れていて、その魅力に気づく者はほとんどいなかった。


 だが俺は違う。


 出会ったその時から、キリエの魅力に気づいていて、魔王を倒すことができたら告白しようと決めていたんだ。


「俺はお前……」


『キリエ。顔が赤いですね。熱が出ているのですか?』


 また俺の言葉が剣の精の声で遮られた!


「……ち、違います。心の臓の鼓動が速くなっていて……」


 キリエが恥じらいの表情を見せながら、かき消えてしまいそうな声で言う。


『それは病気かもしれない。一刻も早く治療せねばなるまい』


「いえ、そうではなくって……」


 キリエは言い淀み、言いたい事が口に出せないからのか、もじもじし始める。


『キリエ、尿意が近いのか? それとも便意か? 排便排尿の生理現象の前に起こる動作に近い動作をしている』


「ち、違います! お、おしっこでもなくて……その……気持ちが……そわそわして……」


『そわそわ?』


「勇者さんの声を……ううん、言葉が私を……そわそわさせていて……」


「キリエ、聞いてくれ」


 ええい!


 剣の精に邪魔されたままでは、俺が告白できなくなる。


「俺は! お前の事が!」


『キリエ、それは吊り橋効果かもしれない』


「また遮るのかよ!」


『つり橋効果とは、不安や恐怖を強く感じている時に出会った人に対し、恋愛感情を持ちやすくなる効果の事だ。キリエが抱いているそわそわ感はこんな高所にいる事による不安な恐怖によるものだ。安心しろ』


「そんなワケないだろうが! 出会ったのは、ずっと前だし!」


「……そうじゃないです」


 キリエがしっかりとした声音で、けれども、どこか自信がなさげに言う。


「ちょっと黙ってて!!」


「えっ!?」


 キリエが驚いたように、それでいて、どこかショックを受けたと言いたげな目で俺を見る。


「キリエに言ったんじゃなくて……」


 俺は剣の精にこれ以上邪魔されたくはなくて、落ちないように細心の注意を払いながら、腰に佩いていた剣を取り外し、


「先に落ちててくれ」


 そのまま落とした。


『何をするだァーッ!』


 剣の精の絶叫に似た言葉が遠ざかっていく。


 ふぅ……。


 貴い犠牲だったが、これで俺は誰にも邪魔されずにキリエに告白できるはずだ。


「……キリエ」


 俺はキリエの純朴そうな瞳を魅入るように見つめる。


 キリエは頬を赤らめながら、俺の視線を受け止めるかのように見つめ返してくる。


「キリエ、俺は!」


『勇者よ。君には飛行能力がないのではないか?』


「って、またお前かよ!」


 落としたはずなのに俺の邪魔をしてくるだなんて、とんだお邪魔虫だな、おい!


「……あら?」


 気配を感じて、キリエから視線を外して、そちらを見ると、今さっき落としたはずの勇者の剣が光り輝くオーラをまといながら宙を浮いていた。


「お前、飛べたのかよ! 初めて見た!」


 魔王を倒した後に、勇者の剣の隠し性能が次から次へと明かされていくのはどういう了見なんだ?


 最初から教えてくれよ、こんな能力があるなら。


『勇者、そして、キリエよ。私に掴まれ。ここは地表から千五百メートルの場所にあるラーファの塔の頂点。人の力で降りられるような場所ではない』


 ここは、勇者の剣の精の言う事に従うとしようか。


 キリエへの告白は地上に降りてからすればいい。


 ここで告白仕様としても、また剣の精に邪魔されそうだしな。


 地上ならきっと俺の告白を邪魔してきたりはしないだろうし。



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