たまご

真白 悟

第1話

 たまごにはいろんなものがある。

 鶏の卵だとかそういった話ではない。未熟な者という意味だ。


「好きです付き合って下さい」


 恋に未熟な僕は、思春期に大人の女性に恋をした。

 女性は顔を赤らめて、僕の告白に返事をする。


「私は教師だよ。バカなこと言ってるんじゃない」


「えー……先生も僕のこと好きだって言ったじゃない」


 僕は先生をからかってみる。

 何度も繰り返してきたことだが、今だからこそ新鮮味を感じる。


「私は生徒みんなを愛しているのよ。家族同然にね」


「知ってるよ。僕はそんな先生が好きなんだから」


「言葉というの安くないのよ。何度も同じことを言えばそれだけ言葉に深みがなくなる」


 国語教師である先生は、いつも同じ説教をする。

 だけどそれは僕にとって嬉しいだけだ。


「先生と二人きりなら説教でも、補習でも何でも受けますよ」


「頭はいいはずなのに、補習を受けてるのはそんな理由じゃないわよね?」


 先生は疑惑の目を僕に向ける。

 さすがの僕でも、そんな理由で補習を受けたりはしない。


「いや、怒られるよりは褒められる方が好きですから」


「そんな話してないんだけど!?」


「受験が近いからですよ。受けるべき補習は大体受けてますよ」


 これは嘘ではない。

 だけど、先生と一緒にいたいというのも本当のことだ。

 先生は感心したと、何度も強く頷いた。


「さすが受験生。私の時は授業外に先生と一緒にいるなんて絶対嫌だったけど」


「僕は先生と一緒にいたいけどね」


「そんなに先生が好きなら、ちょうど、もう一つ別の補習があるからそっちにいけば?そっちの方が時間が長いわよ」


 先生は面倒くさそうに言う。

 そりゃそうだろう。ここには僕と先生しかいない。

 つまり僕が来なければ、補習そのものをやる必要がなかったのだから。


「残念ながら向こうの日本史は生徒0です。補習はしてません」


 もともと、理系が多いうちの学校では文系の補習を受ける人は少ない。

 だからこそ、僕は先生を独り占め出来るわけだ。


「ずるーい! だからあいつ学校に来てないんだ……私だって休みたいのに!」


 さすがに先生がほかの教師を『あいつ』呼ばわりはまずいと思う。


「先生!生徒の前ですよ。素を出さないでください。といっても、僕はありのままの先生が見れて嬉しいですけど」


「いいのよ、どうせあなたしかいないんだから」


「僕はいいんですけど、もしほかの誰に聞かれて問題になったら大変です。僕が先生に会えなくなりますよ」


「いや、それはどうでもいいから」


 いくらなんでも酷すぎる。生徒に対して『どうでもいい』はないだろう。

 さすがの僕も思春期で傷つきやすい年頃だ。実際問題、邪険に扱われても別に嬉しいのだが、反撃はするべきだろう。


「先生!!」


「なによ……突然大声をだして」


「好きですっ!!」


 僕は、出せる限りの声を絞り出した。


「……あなたの発言の方が、よっぽど問題よ。他に聞こえたら勘違いされるでしょう!?」


「僕はその方が嬉しいです」


「いや、私はクビになりかねないから。生徒と教師なのよ?」


「大丈夫だ。問題ない。です」


「大ありです! 私は教師ですからっ!!」


 先生は黒板の方に向き直った。


「早く授業を終わらせましょう。こんな不毛なやりとりするより、よっぽど有意義でしょう?」


「いえ、先生と一緒にいる方が有意義です」


 僕の返答に先生は大きくため息をついた。


「あなたは将来なにになりたいの?」


「先生のお嫁さんになりたいです」


「逆でしょ!? お婿さんでしょ! ってそんな話はしてないわ……あなたは夢とかないの?」


 先生は突然に進路相談を始める。


「……なりたいものがないから、なんでもやってるんですよ」


 僕はなにものかの『たまご』になれる人が羨ましい。『たまご』になれるのは夢がある人だけだからだ。

 夢がない。それは人間にとって不幸なことだ。


「いいことじゃない。やりたいことがわからない大人もいっぱいいるわよ。私だってその一人なんだら……」


「先生は先生になってるじゃないですか?」


「私は私みたいに夢がわからない子供に、夢をもってもらうために教師になったのよ。そんなもんでいいのよ」


「先生……」


「人生なんてそんなもんだからね」


「僕決めました! 先生の恋人になります!!」


「その夢は一年早いわよ!」


「……えっ!? 一年!?」


 たまごは、年が進むにつれて、鳥を目指しているようだ。

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たまご 真白 悟 @siro0830

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