林檎の国のアリス(青春系異能力女子)
エリー.ファー
第一章 白すぎる赤
第一話 十二回死ね
放課後になったら、学校を出る。
授業も終わったので、さっさと帰る。
みんなそうしている。
あたしはそれを見送ると、一人で教室の外からグラウンドを見つめていた。誰も話しかけやしないし、誰にも望まれていないこの席で、静かに時間を過ごしていた。
放課後は自由が溢れている。
映画館にも行ける。
カラオケにも行ける。
コンビニにも行ける。
友達に家にも行ける。
あたしは行けない。
放課後に自由がない。
「お前さ、あいつら早く殺して来いよ。」
教師が私の顔を思い切り小突いた。
男性教師が女子生徒の頭ではなく、顔面を小突いたのだ。皮膚が陥没に、肉が陥没に骨に染みるような痛みが残っている。それを指先でさすっていると後頭部を教師に蹴られる。
「返事は。」
「はい。」
教師は教室を出ていくときに意味もなく私のことを見つめて、ヘラヘラ笑っていた。何かスカートから覗く私の太ももあたりを見つめていたような気がする。白い肌で筋肉質で、動きやすいようにスカートも短い。
よく見る。
よくもわざわざそういうところを見逃さないように目を動かしている。
暇なのか。
あの教師という生き物は。
そうやって時間をやっとこさ、消費して生きているのか。所詮、自分自身で何もできないから、あたしみたいな存在を飼いならしていて、それで毎日満足していることは明確だ。自分の中にある自信や生き方を誇示するためだけに、私を小突き、私を叩き、私を嬲り、私を見つめる。
慣れたけど。
悲しいかな、強すぎるのか。強すぎて悲しいのも分からなくなったのか、ただただ同じところを回るような毎日に飽き飽きする。
「大丈夫か、何かされたんじゃないのか。」
教室に数学の先生が走り込んできた。メガネがずれていてしかも髪の毛が何やら絡み合って、凡そ、人の頭に乗るべき形状はしていなかった。癖毛を治してからここに来るくらいの余裕はあっただろうに。
何がそんなに、気になるのか。
「大丈夫です。」
「そんなわけないだろう。あぁ、ちょっと待ってくれ、おでこが赤くなっている。」
「大丈夫です。」
「あの先生か、あの先生だろう。何だと思っているんだ、生徒を。」
「大丈夫です。」
「君が大丈夫でもっ、そうやって、大丈夫大丈夫と繰り返す、君のことを見つめるこっちが大丈夫じゃないっ。」
「大丈夫です。」
「分かった。前髪を持ち上げてこっちを向いて。」
数学の先生はポケットからカットバンを取り出すと、それをそれはそれは几帳面に貼った。何か、その後のことで大きな問題が残ってしまった場合、私に申し訳がないかのような、そんな振る舞いだった。
数学の先生は真剣な目で私の額を見つめる。
私は数学の先生の目を見つめたかった。
そう、見つめたかった。という所で、できなかった。
数学の先生の服からいつも香って来る芳香剤の香りが鼻を通るのが嬉しい。気が付くとたっぷり吸っていて、正直、心が安らぎ眠りそうにすらなった。
その瞬間だった。
数学の先生の後ろに見える廊下を先ほどの教師が歩いていた。
歩いていたが。
右腕と顔の上半分がなかった。
後ろから黒い男が歩いてくる。
スーツを着ている。
いつも同じだ。
黒くてスーツを着ていて。
顔がよく見えない。
クローンではないと分かるのは、それぞれ背格好が違うということ。
そして。
みんな、声色と話す内容が違うということ。
「はじめまして。はじめまして。はじめまして。」
スーツの男がそう言った。
数学の先生と過ごす時間はすべてにおいて優先すべきである。あたしの今までの人生の汚点を全て帳消しにしてくれるくらいの最高の幸せを運ぶ破壊力がある。
あたしは最初からそういう話をしているのだ。
「死ねよ。」
スーツの男に向かって呟いた。
一度死ぬくらいじゃ物足りない。こういう時間を邪魔する黒いスーツの男は何度も何度も死ねばいい。
「死ねっ、毎月死ねっ。」
その瞬間、黒いスーツの男の顔が林檎に変わった。
そして、あたしの掌の上には黒いスーツの男の生首が代わりのように乗っている。
黒いスーツの男は痙攣しながら倒れると、自分の顔の所にあるリンゴを必死に外そうともがいていた。が、その林檎と首の付け根のあたりから一気に黒い液体が飛び散り、あふれ出すと動かなくなった。
「あっ、ありがっ、ありがとうっ。」
気が付くと数学の先生はあたしの隣で尻もちをついていた。完全に黒いスーツの男に怯えていたのだろう。あたしに感謝をしてくれた。
「いえ、どういたしまして。」
ちょっと、というかかなり嬉しかった。
廊下にいる教師の顔も林檎に変えてしまったけれど、そういう所は是非、多めに見て欲しい。
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