いじわるしないでください
冬雪 依織
いじわるしないでください
「先輩」
「ん?」
「卒業おめでとうございます」
「おう、ありがと」
「先輩と出会ってから」
「うん」
「いろいろありました」
「例えば?」
「虫の死骸投げつけられたり」
「あーお前が1年の時な、しかも入部してから1か月後の」
「なんで覚えてるんですか」
「いやお前という後輩は俺の数多くの後輩たちの中でダントツでリアクションがいい」
「どういうことですか」
「まあ他には?」
「差し入れのサイダーが水でした」
「それ夏の時かあ~なつかしいな。夏だけに」
「轢き殺しますよ」
「まあ他には?」
「お菓子あげるって言われてもらったのが私の苦手なチロルチョコでした」
「待ってそれ去年ホワイトデーであげたやつじゃね?喜んでたくね!?」
「申し訳ないなと思って」
「まあ知っててあげたんだけどな」
「叩き潰しますよ」
「まさか喜ぶとは思わなくて言えなかった」
「チロルチョコはしっかり捨てたので」
「ひでえ…他には?」
「先輩が彼女と喧嘩してるの見ちゃいました」
「いやあ~あの時変に誤解されてた」
「先輩に誤解される要素あったんですね」
「やかましいわ!というか今までのやつ全部俺からの嫌がらせじゃねえか!いや最後のは驚いたわ…」
「あの後別れたんですよね…」
「…まあ別れるつもりではいたし…付き合ってても、失礼かなって」
「どういうことですか?」
「ああ、こっちの話。で、他に俺との思い出ないの?できれば感動できるやつで!」
「私が作ったミサンガ切りましたよね」
「待ってそれ自然に切れたんだからな!…でも、あの時大会で優勝できたんだよな」
「じゃあその理屈で言えば私のおかげですね!」
「まあそうなるな。あんがとな。」
「…急に改まらないでくださいよ…」
「あれ、顔が赤いぞ~」
「う、うるさいですね!」
「チロルチョコらへんから泣きそうな顔してるし」
「そ、そそそんなことないですよ」
「あれっ、目からぽろぽろ出てるその水滴は何かな?」
「いじわるしないでください!」
「俺お前に意地悪したことないよ」
「大嘘つきましたね死刑です」
「その顔で言われても説得力無いわ~」
「でもこの泣き顔見るのもこれで最後ですよ良かったですね」
「そうだなぁ…お前1年の時からピーピー泣いてたもんな」
「そんなことないです!」
「そんなことあるね。同級生と喧嘩してお前泣いてたし」
「あ、あれは向こうが悪いんです!」
「階段から落ちて泣いてた時もあったな」
「あ、あれは反射で…」
「まあ言い訳はいいから」
「いじわる!ほらまたいじわるじゃないですか!」
「まあこの意地悪も最後だからな」
「あっそっか。やった!」
「おい急に涙を仕舞うな」
「先輩大学でも頑張ってくださいね」
「おう。あたりまえだろ!」
「講義に遅刻したり」
「しねえよ」
「サボったり」
「しねえよ」
「不規則な生活したり」
「しねえ…いや…気を付ける…」
「女遊びしたり」
「しねえよ!…いや待ってそれどういう意味?」
「なんのことですか?」
「いやお前はお前でそうやっていつもはぐらかしてね?この2年間でお前の『なんのことですか?』を何回聞いたことか」
「今回初じゃないですか?」
「いやそういや3日前の部活の送別会で聞いたわ~」
「なんのことですか?」
「いやそういうとこだよ」
「先輩そろそろ私帰りますね」
「え、もう帰るの?俺に会えるの今日が最後だよ?」
「別に関係ないです。」
「ひでえ!この後輩冷酷!」
「最後じゃないんで」
「…え、なんて?」
「何がですか?」
「え、今なんか言ったよね?」
「なんのことですか?」
「ほら出た!!!お前も十分意地悪だぞ!!!」
「お互い様ですね」
「あっじゃあ虫の死骸投げつけたことも許し」
「ません」
「なんで!」
「ずーっと根に持ちます。ずーーーっと」
「いつまで?」
「先輩が死ぬまでです」
「お前が先に死んだら?」
「そしたら先輩を呪いますね」
「呪いの効果で炭酸抜けたコーラ買いそうだな」
「しょうもないですね」
「いやお前がするんだからな」
「私ならお茶を炭酸ウーロン茶に変えてやります」
「それはそれでしょうもないし、炭酸ウーロンとかある?」
「ウーロン茶と炭酸水を混ぜるとビールの味になるらしいです」
「何で知ってるんだ…」
「先輩が言ってましたよ」
「よく覚えてるな」
「これもお互い様ですよ」
「じゃあサイダーを水とすり替えたことは許し」
「ません!」
「やっぱりかぁ~」
「当たり前です」
「ところで、そろそろ帰るんじゃなかったの」
「そうですね…帰ります」
「家まで送る。ここから近いだろ」
「いやいや、大丈夫ですよ」
「こんなかわいい後輩を一人で帰らす訳にはいかんだろ」
「…それ、どういう意味ですか」
「こんないじり甲斐のある後輩お前だけだって!顔赤らめてどうしたんだ~?」
「~っ!!!先輩!」
「お、どうした???」
「本当は去年もらったチロルチョコ、ちゃんと食べました」
「…え?」
「先輩が彼女と喧嘩してた時、内心なんだかほっとしたというか、嬉しかったというか…」
「…それ、どういう…」
「私…」
「…」
「先輩に彼女ができるなんて一億年と二千年くらい早いと思ってたんですよ~!顔赤くしちゃってどうしたんですか~!?」
「こいつ!」
「私何かしましたか?」
「純粋そうな目でこっちを見るな!」
「先輩」
「今度は何だよ!」
「先輩と同じ大学に行きますね」
「お!またいじらせてくれんのか!お前本当は俺にいじられたいんだろ~!」
「そうかもしれません」
「…え?」
「先輩がいないと寂しいですから」
「…」
「先輩、涙が」
「…それでもこれから一年は、いじれなくなるんだよなぁ」
「…まあ、そうですね」
「同じ大学に来るから、『最後じゃない』ってことだったのか」
「そ、そうですよ」
「ふ、ふーん…お前って意外といじめられるの好き…」
「なわけないでしょう!またそうやって!いじわるしないでください!」
「だってかわいいから」
「またそうやって!」
「一人の女としてかわいいって言ってる」
「…!!」
「…1年、我慢してやるかあ」
「…我慢してください」
「その間に仕掛けるかもしれないけど」
「虫投げつけてこないでくださいね」
「それはしない」
「よかったです。あ、先輩」
「お?」
「一人の男として尊敬してます」
「そ、それって、どど、どういう~ことかな~」
「その嫌がらせに闘志を燃やす男の姿に尊敬してます」
「どういうことだよ!」
「こういうことだよ!ですけど」
「敢えて敬語は崩さないスタイルな」
「先輩ですから」
「自分に厳しいな」
「まあ、彼女にでもなれたら話は別ですけどね」
「えっ!」
「冗談です」
「お前な…」
「なりたいんです」
「…え」
「先輩の彼女に、なりたいんです」
「…お前なあ…」
「そんなに泣いてどうしちゃったんですか」
「…今年のホワイトデーに言おうと思ってたのに…」
「あれ、今日が会えるの最後じゃないんですか」
「いや大学そもそも俺の家からは近いし」
「そうですね」
「今日家まで送って家の場所を知るつもりだった」
「なるほど。計画倒れで残念ですね」
「いじわるするなあ、お前も」
「だって、私はあなたの後輩ですから」
「そうかあ…そうか…」
「今なら初めて先輩をいじれるかもしれません。その真っ赤な顔に」
「やめろ!お前の顔だって、涙でぐしゃぐしゃじゃねえか」
「先輩も同じですよ」
「お互い様、ってことだな」
「そうですね!」
「…なんかすっきりした」
「これが本当の『最後じゃない』って意味です」
「なん…だと」
「私が一枚上手のようですね」
「してやられたな」
「してやりましたよ」
「あれ、そういやまだ敬語だけど」
「先輩からまだ返事もらえてないんで」
「…それも、そうだな」
「はい、そうですよ…。あ、今目の前に見える灰色のマンションが私の家です」
「そろそろ着くな」
「まあ、お返事はまた今度でも…」
「—――」
「…なんでしょう」
「…これからも、いじらせてください…!!!」
「…そんなの、彼女じゃなくてもできるじゃないですか~…」
「…いや、なんか恥ずかしくて…」
「珍しいですね。大会でも堂々としてたのに」
「好きな女の前では男は大体こんなもんなの!」
「あ、言いましたね」
「…あっ」
「嬉しい、です。素直に」
「…よかった」
「それじゃあ、ここで失礼しますね。送ってくれてありがとうございます」
「いいや、これは彼氏として当然のことだからな」
「ついさっき成立したばかりですけどね」
「そんなこと言うなよ~」
「それじゃ、帰るね」
「お、後輩からのタメ語!」
「しばき倒しますよ」
「怖いのは変わりない」
「—――くん」
「おっ…なんだ?」
「ずっと好きだったよ。これからも好き。…じゃあまたね」
「…っ、ふいうちはダメだろおお!」
「ちょっと、良い感じで帰れたと思ったのに後ろから抱き着かないでくださいよ!」
「…いじわるしないでください…」
「それ、こっちのセリフですからね」
「いやお互い様だろ」
「…ですね」
「これから、何をいじっていこうかな」
「先輩の元カノについて」
「それダメなやつ」
「嘘ですよ」
「というか、敬語結局抜けてないし」
「いきなり変えられないです」
「そんなもんなのかなあ」
「そんなもんですよ」
「―――」
「先輩から下の名前で呼ばれるの、なんだか恥ずかしいです」
「そんなこと言うなって、かわいいお前にぴったりな、かわいいお名前じゃねえか」
「またそんなこと言って…」
「大好きだからな。虫を投げつけるくらいには」
「どういうことですか」
「こういうことですよ」
「私の真似ですか?いじわるしないでください」
「これからも可愛がってやろう」
「—――くんがそんなことできないように、おまじないをかけますね」
「おまじない!!!どんなんだろうなー??」
「…いじわるしないでください…」
「…そんな抱き着かれて言われたら……
―――も、いじわるするなよな」
「でも今までの仕返しはします」
「するな!!!」
―おわり―
いじわるしないでください 冬雪 依織 @Fuyuki_Io
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます