あなたをモデルに小説を書かせて!

右城歩

第1話 文村ヨミの小説

 藤井立人ふじいたつひとは困惑していた。


 クラスメイトの文村ヨミに予想外の言葉で声をかけられたからである。


「藤井くん。あなたを主人公に小説を書かせて!」


 立人は文村ヨミに共感できないことが3つある。


 1つは自分が小説家になりたいとクラスメイトに公言していること。自分の夢を人に話すなんて、立人からすればありえないような恥ずかしいことだ。


 もう1つは立人を主人公のモデルにするということ。立人は自分を、非常に地味な人間だと思っている。そんな人間を主人公にするなんて考えられない。


 最後の1つは、わざわざ主人公のモデルにさせて欲しいと言ってきたことだ。小説を書きたければ勝手に書けばいい。これだけは納得できないから、立人は聞いてみることにした。


「なんでわざわざ言うの?別に勝手に書いたらいいじゃないか」


「それは失礼じゃない!それに、本人に読んで感想を言ってもらいたいもの。明日もってくるから、ちゃんと読んでね!」


 いつのまにか同意したことになってしまっているが、立人はなぜか悪い気がしなかった。



 * * *

『正義の男』


 第一話 正義の男


「やめてください!」


 いかにも悪そうな不良の男達が美しい黒髪の女性を取り囲む。


「そう嫌がるなよ。俺たちは仲良くしようって言ってるだけだぜ」


 リーダー格の不良はそう言うと少女、美希の腕を掴んだ。


「その手を離せ」


 そう言って不良の手を振り払ったのは、美希より少し身長の高い、男子としては小柄な男。


「なんだお前!」


 男に殴りかかる不良。しかし男は簡単そうに避け、握った拳を不良のみぞおちに突きいれる。


 * * *


「なんだこれ・・?」


「どうかな?かっこよく書けたと思うんだけど」


 ヨミの書いてきた小説『正義の男』の冒頭を読んだ立人は感想に困った。素人の書いた小説を読むのは初めてだったので、文章の拙さが気になったというのも少しある。しかしそれ以前に、この小説を立人が読むきっかけとなった大前提が成り立っていないように思える。


「これのどこが俺なの?」


 物語中で不良から少女を助ける男のモデルが立人だとすると、それは納得がいかない。


「確かに俺は小柄だけど、それ以外は何も関係ないじゃないか。ケンカなんてしたことないし、不良と戦ったら絶対勝てないよ。女の子を助けたこともない。この主人公、全然俺に似てないよ」


「そうかな?そんなことないと思うけど」


 文村ヨミはキョトンとした様子だ。立人からすれば、なぜそんな反応になるのか不思議でならない。


「藤井くん。この前クラスで運動会の出場種目を決める時にさ、本当はみんなの希望を聞いて公平に決めるはずだったのに、元気のいい男子のグループが勝手に自分たちのやりたい種目だけ先に取ってしまったでしょ」


 立人はその時のことを思い出した。ヨミの言う元気のいい男子、田中たちがルールを無視して勝手なことを始めたら、そのあとは歯止めがきかず、他の生徒たちも乗っかる形で自分のやりたい種目を取っていった。


「その時も俺は田中を止めることはしなかっただろ」


「でも、最後まで割込まずに、余り物に決めてたよね。それって、結局誰かが助けられてるんだと思う」


明日また続きを書いてくるからよろしくね、といって文村ヨミは帰っていった。


 * * *


 第二話 慕われる男


「この間はありがとう、助かったよ」


 小柄な男にそう話しかけたのは、野球のユニフォームを着た男だった。


「友達の頼みだ。俺が断るわけないだろ」


 そういうと小柄な男は笑った。


「友達が多いのね」


 美希がそう言うと、小柄な男は何かを思い出すように上を向いた。


「俺が慕われているんじゃない。いい奴らがたまたま周りに多いってだけさ」


 * * *


「今度こそ否定のしようがないだろ。俺は友達少ないぞ」


 立人にはヒロキとダイチという2人の友達がいる。しかし。他に友達と言える人間は全くと言っていいほどいない。


「人数なんて大した問題じゃないわ。大事なのは、この主人公は友達を大切にしていて、友達も主人公を慕っているっていうことよ」


 なんだか立人は、文村ヨミには口では勝てないのではないかと思った。


「藤井くんは友達を大事にしてるよね。みんなで歩いていても、友達の靴紐がほどけたら結び直すのを絶対に待つし、こないだダイチくんがミホにフラれた時はずっと慰めてたでしょ」


「なんでそんなことまで知ってるんだ?」




 * * *


 第三話 優しい男


「ぐはっ!」


 3人の不良が小柄な男を取り囲み、顔や腹を容赦なく殴り続ける。


「いいザマだな。この間の威勢はどうした?」


 リーダー格の男が笑いかける。先日美希を取り囲んでいた男達だ。


「もうやめて!」


 腕を縛られ、不良の1人に取り押さえられた美希が叫ぶ。


「私のことは気にしないで!そもそもこんなとになったのは私のせいじゃない!それに私はあなたに、あんなにひどいことを言ったのに・・・」


 美希の目から涙が零れおちる。


「いいから待ってろよ、今助けてやるからな」


 ボコボコに殴られながらも、小柄な男は美希に微笑みかけた。


 * * *


「・・・さすがに無理ないか?」


 呆れた様子の立人に対して、ヨミは頭の上にハテナマークをつけたような顔をしている。


「なんで?」


「なんでって・・、むしろこっちがなんで?だよ。俺のどこをモデルにしたらこういうことになるんだ」


 当たり前だが、立人は捕らわれた少女を助けようとしたこともないし、身代わりになって袋叩きにされたこともない。


「あ、そっか。主人公のモデルってだけで、エピソードは創作だからね。藤井くんならこういう状況ならこうなるだろうなーってことだよ」


「いや、全然納得できないんだが。絶対こうならないでしょ」


 ヨミは「んー」と唸って指をあごにあてる仕草をした。


「この前藤井くん、廊下でハンカチを落とした女の子に、わざわざ拾って追いかけてあげてなかった?」


「確かにそんなことあったけど、それがどうしたの」


 ハンカチを拾ってあげることと身代わりになって袋叩きにされることは、普通は結びつかないだろうと立人は思った。


「ハンカチを拾うとき、ちょっと迷ってたでしょ。意外と勇気いるよね、知らない人を追いかけて話しかけるってだけでも」


「そうだとしても、やっぱり無理があるよ。この主人公が自分には思えないな」


ヨミは体の向きを変えて、窓の外を見つめる。


「私ね、何が大変かは人それぞれだと思うの。藤井くんは、ハンカチを落とした子が困ると思ったら、人に話しかけるのが苦手でも、時間が無い時でも勇気を出して、拾って追いかけてあげられる人だし、女の子と話すのが苦手でも、小説を読んで感想を言ってくれる人だよ」


ヨミは立人の方を向き直し、まっすぐに目を見る。


「・・・ね!」


 * * *


第四話 愛される男


「ごめんね、こんなボロボロにされて、ごめんなさい」


美希はポロポロと涙を流しながら、横たわる男に謝り続ける。


男は美希の頭を撫でる。


「助けられたときに言う言葉はな、ごめんっていうんじゃないと思うよ」


腫れた顔で笑いかける男に、美希も泣きながら笑顔を見せる。


「ありがとう」


「どういたしまして」


男は傷ついた体でなんとか起き上がる。


「あ、あのね」


美希の頬が夕日と同じ色になっていく。


「前に助けてくれた日から、ずっと好きだよ」


* * *


「今度こそ自信をもって言えるぞ。おれは女の子にモテたことなんかない!」


誇らしげに言う藤井立人に、文村ヨミはにこっと笑う。


「それはどうかしら?」

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あなたをモデルに小説を書かせて! 右城歩 @ushiroaruki

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