「夢の中でキス」
ハイロック
「どこでも、いつまでも」
彼とは毎週木曜日にあう。
ただのビジネスパートナーだけど、でもそれ以上かもしれない。家族ぐるみでの付き合いもあるし、この仕事もはじまってもう6年以上が立つ。
彼の仕事のサポートは完璧だ。
ポンコツな私を見事な突っ込みで支え続けてくれた。
だからこそ、私は思いっきり仕事ができる。
失敗を恐れず、本当の自分をしっかりと表現することができる、飾りのないあるがままの自分だ。
ほんとうだったらただ恥ずかしいだけなのかもしれない。
でも彼が支えてくれるというだけで私は私らしさを見せることができる。
裏方のスタッフさんの間でも、もちろんお客さんの間でも、わたしたちのコンビは評判だった。月曜から金曜日まで仕事をしてる中で、木曜日が一番いいよとみんな言ってくれた。
わたしもそう思う。
木曜が一番安心できる、安心して私は自分の仕事をすることができた。
彼はいつでも高いテンションを守ってくれていた。落ち込んでる彼の姿とか、悩む彼の姿を見たことは一度もない。
なぜそんなに元気でいられるのだろう、彼は他の仕事でも忙しいはずだった、私よりもずっと、この業界で彼はどこに行っても人気者だった。
だけど忙しささえ見せたことがない。
尊敬さえしていた。
本当に素晴らしい人格者だと思う。
お互いに既婚者であった。
恋愛感情などは全然ない。
全然ないと思うし、お互いの家族の話を仕事の最中にもよくした。彼の子供の話は素直にかわいいと思ったし、彼も私の子供の話を、時には笑い、時には深く共感しながら聞いてくれていた。
彼のおかげで私は本当にこの仕事をしていてよかったなあと思っていた。
ある日の夜……。
夜といっても本当に夜中……。
12時過ぎのことである、あさの五時には職場に出勤しなければいけないという半ばブラックな職場に勤めてる私にとって、12時過ぎの電話は殺人行為と言ってもいいい。
一体何だろう家の電話のけたたましい音に起こされた私は、不機嫌そうにその電話に出た。
電話主はひどく慌てた声、そして今までに聞いたことのない声で私に言った。
「大変です、あの人が警察に捕まってしまいました……」
「……あの人って、ごめんなさいちょっと何を言ってるのか」
「コカインだそうです、すでにマスコミは大騒ぎになっています」
電話主の声はとても冗談とは思えないかった。
「……コカインって? ちょっと何を言ってるの?あの人って、誰、何のことなの?私に関係ある話?」
「……テレビを急いでつけてください、すべて分かるとは思います」
そういって電話は切られた……
私は急ぎテレビをつける。
そして飛び込んだニュースは、確かにいつも木曜に会うあの人が、コカインで捕まったニュースであった。
とても受け入れられる話ではなかった……
夢のようにしか思えなかった、あの人がクスリをやってるようにはとても思えなかった。だから、何度も何度も夢じゃないかと思い、夢から覚めようとしたが、どう考えても現実だった。
一体何だったんだろう。
裏切られた気持ちでいっぱいだった。
あの仕事の時に見せる高いテンションも、完璧な仕事ぶりも、そして私に見せる紳士な態度もすべて嘘だったのだろうか。
俳優として皆に与えた感動や、畏怖や、感嘆もすべてクスリによるものであったのだろうか。
そう考えると、悔しくて悔しくてたまらなかった。
もし、私が独身であったのなら……。
そう考えたことも何度もあった。
でもそれもすべて……すべてクスリのなせることだったのだろうか。
それでも私は12時間後……再びリスナーの前に立たなければならない。みんなが私の声を待ってる、ラジオで毎木曜日ともに過ごした私の言葉を待っている。
だから言わなければならない、厳しい言葉も優しい言葉も言わなければならない。
ビジネスだからなのか、友情だからなのか、それともほのかな恋愛感情があるからなのか、どれかはわからないが、きっと私には責任がある。近くにいながら、彼の真実に気が付けなかった私には責任がある。
だから、逃げない。
私は、ラジオに立ち向かう。
あのバカ野郎を待っている人のために。
「夢の中でキス」 ハイロック @hirock47
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます