千年旅行

エリー.ファー

千年旅行

 誰かと一緒に旅行に来ていると思っていたのに、いつの間にか一人だった。

 取り残されたわけではない、気が付けば体は宇宙を舞っていた。

 不思議なもので、記憶はなく。

 真っ暗な世界が眼前に広がるにも関わらず、恐怖はない。

 飛び散った機体の破片と、人の腕らしきものや、多くの荷物やらが飛んでくるが体に当たったところでたいして痛くもかゆくもない。

 寂しさは僅かばかりあった。

 確か、先ほどまで自分には何の感情があったのだろう。

 そうだ。

 そう。

 いつの間にか一人になっていた、という事実から生まれる感想だ。それが心の中にあったのだ。何故、あんなものが今になって自分の中に生まれてしまったのだろう。その理由について考える。

 左手の薬指に指輪がある。

 なるほど、な。

 そういうこと、ですか。

 私は婚約者と宇宙船に乗っていて隕石か、それともテロか、それとも宇宙船の整備士が整備不十分で飛ばしたのかは知らないが、とかく、このような状況に見舞われたと。

 随分と厄介なことになったが、幸運にもそれ以上のことは中々起きなかった。もっとパニックになった方が、もしかしたら状況は好転するのかもしれないと思ったが、それも上手く行かない。

 その内、宇宙船の破片もその他の何も視界に映らない、宇宙の果てまで私の体は飛ばされた。

 思いのほか、清々しかった。

「もしもし。」

 その時、宇宙服の中の音声パッチから声がした。

「もしもし、こちらは只今遭難中。」

「そんな分かりやすいナンパテクとか、今時、誰も使わないよ、おじさん。」

「こちら只今、遭難中。救援を頼みます。」

「あたしこれから、ヤクドアまでバカンスなんだけど、だったらいいよ、別に男もいないし。だったら、おじさん、別についてきてもいいよ。」

「遭難中です。どうぞ。」

「え。マジで。」

 それから二三会話をすると、その女性はもう二時間もすれば私のいる場所を通るとのことだった。これはありがたいし、そのまま救援という形をとってもらいたい。記憶もなくして、宇宙を飛び回り、最後には助けてもらえた。これを幸運と言わずしてなんというのだろう。

「ねぇ、おじさんはさ、なんで遭難してるの。」

「記憶がない。」

「うっわ、最悪じゃん。」

「最悪ではない。」

「なんでよ。」

「指輪があるということは、だ。私には妻がいたということになる。」

「だから。」

「宇宙船は木っ端みじんだ。助かったのが私くらいだ。それなら、妻のことまで覚えていたら立ち直れない。これで良かったんだ。」

「おじさんってさ、強いんだね。」

「強くならざるをえない。」

 女性の宇宙船が近づいてくる。すると、私は少しずつ自分の中の記憶を思い出していた。

 わざと気を引きたくて、自分しか乗っていない宇宙船を爆破したこと。

 実は宇宙服の裏に救護してもらえるようにビーコンがあり、いつでもパトシップを呼び寄せられたこと。

 左手の薬指に指輪を入れることで、妻と死別したという設定で女の子に近づこうとしたこと。

 爆破のはずみで、本当に記憶を失ってしまったこと。

 宇宙船のハッチが開くと、若い女性が涙ぐんで私のことを見つめていた。

「つらかったね。おじさん、この暗闇で一人で頑張ってたんだね。」

 女性は私を抱きしめると、そのままキスをする。

「ナンパなんて疑ってごめんね。」

 いや、ごめんなさい、これナンパです。

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