強い力と弱い力

新座遊

出会いがしらの事故

あゆみは走っていた。

朝起きて着替えてドアを開けるまで10分。

いつもより60分も遅く起きたのが原因であるが、後悔しても始まらない。とにかく早く学校に行かなければ。

もちろん朝食を取る時間なんかないので、食パンを咥えて、走りながら食べるのだ。

遅刻だけはしてはいけない。

時間にルーズな学生を、担任は嫌悪している。他人に嫌悪されるのは構わないのだけど、あゆみは、この担任に好かれたいと思っていたのである。

遅刻するくらいなら、食パンをのどに詰まらせて死んだほうがまだマシだ。


かけるは歩いていた。

いつも通り、うだうだと朝食を取ってから、ゆっくり通学していた。遅刻することなんか気にならないタイプの男だ。いや逆に、遅刻してまで学校に行くことを誇りに思っていたのだ。彼はアホだった。

歩きながらスマホでゲームをしている。「歩きスマホはやめましょう」という標語を、「歩きスマホ、早めましょう」と読むタイプの男だ。つまりバカだった。

最近流行の恋愛ゲームをしながらゆっくり歩く。好きな女の子なんていない。彼の彼女は二次元だった。


あゆみは走る。かけるは歩く。彼らはお互いを知らない。

あゆみは女子校の生徒だし、かけるは男子校の悪ガキだ。

ただ共通事項としては、同じ駅を使って電車通学しているという点だった。

本来であれば、交わるはずもない二人だったが、運命はままならないものである。


彼らはお互いに気づかないうちに、接近していた。運命の強い力に導かれるように、刻一刻と、距離を縮めていた。十字路でちょうどゼロ距離になると思われるのである。その様子は、電柱に止まったカラスだけが俯瞰で眺めていたが、人間がどうなろうと知ったことではない。カラスにとっては、あゆみの口にある食パンだけが興味の対象である。


ついにふたつのベクトルの接点に到達する。かたや食パンを咥えながら無我夢中に走る。かたやスマホゲームで二次元の彼女の機嫌を取りつつ歩く。

どちらかが少しでもスピードを変えていれば、このようなことは起きなかったはずだが、ラプラスの悪魔は、二人の位置と運動量に呪いをかけていたのである。


あゆみが最初に気づいた。このままではぶつかると。

しかし、もはや止まることができない。声をかけてどいてもらうほうが早そうだ。

「どいてどいて、ぶつかる~」

口から食パンが落ちる。俯瞰していたカラスの目が光ったが、この話の本題ではないので、食パンは忘れよう。

かけるは気づかない。ゲームに夢中なのだ。

もうだめだ、とあゆみが思ったその瞬間、そしてようやく気付いたかけるが顔を上げた瞬間、二人はぶつかった。グラウンド・ゼロである。

二人の質量と運動量のバランスがちょうどよかったのか、二人はぶつかった瞬間、反作用で逆ベクトルに飛ばされることもなく、同じ場所に転んで絡み合った。

「うわ、なにをしやがる」転びながらかけるは叫ぶ。

その刹那、二人の感情は確かに共鳴しあったのである。「こんちくしょう」と。

これはある意味で恋愛と同じ力を持っていただろう。


あまりにも接近しすぎた二人は、ベータ崩壊を起こして消滅した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

強い力と弱い力 新座遊 @niiza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ