シミュレーションラブ

嘉代 椛

愛だって

 現代社会は深刻な恋愛不足に陥っていた。


 少子高齢化、晩婚化、そもそも女性に興味がない、二次元に傾倒してしまう、もはや男でいいや。


 そんなどうでもよくない問題からどうでもよさそうな問題。日本の偉い人たちはある声明を出した。


『恋愛をしなさい、マジで』


 前代未聞の恋愛推奨法である。恋愛をした人にお米から始まり、しまいには奨金まで出た。


 一年を表す一文字が『恋』だったのは、笑ってもいいのでしょうか?


 しかし、そんなとき困ってしまう人々がいた。


 ご想像の通り、恋愛経験のない若者である。男子、女子問わず。彼らはパートナーのつくり方なんて分からない。理屈じゃない、ハートで分からないんだよ。理屈も分からないけど。


 そんな若者を困った感じで見つめる人もいた。


 国のお偉いさんである。本来彼らのような層に恋愛をしてもらいたいのに、彼らは頑なに恋愛をしようとしない。折角設けた奨金も、チャラそうなナウヤンにしかいきわたっていない。


「一体、どう戦えばいいんだ!!!!」


 首相、迫真の叫びである。


 あまりに困った偉い人たちは、なんかすごい科学者を頼ることにした。


 その科学者の名前はどうでもいい、とにかくすごいのだ。ノーベル賞をもらえるんじゃないか?やっぱ無理かー。そのくらいのすごい科学者である。


 国の全面バックアップを受けた彼は、数多の苦難の末、一つのプログラムを作り上げた。


 その名も『REAL LOVE SIMULATOR』。恋愛を必ず成就させてしまうという魔法のプログラムである。


 早速だが『RLS』には欠点があった。しかし欠点を申し上げる前に、これがどういうプログラムなのか説明をするとしよう。


『RLS』は恋愛シュチュエーションを製造するものである。完璧に計算された、完全無欠なシュミュレーター。それが生み出すのは本当の愛…。そんな感じのプログラムである。


 このプログラムは恋愛経験のない人々のために作られたもので、何がすごいってそのセリフや仕草まで一言一句設定がされているところである。


 さりげないタイミングでの気遣い、服装のチョイス、話題の振り方、ちょっとしたモテ仕草、お会計のタイミングまで、すべてが入ったものだ。


 まあその代わり、お互い好きあっていることが前提なのだが。


 そりゃ愛を生み出せるでしょうよ。だって元々そこに愛はあるもの。


 お偉い人はまた頭を抱えた。


 それでもこの『RLS』を使って恋愛不足を解決して見せると決断した。


 すべてはこの国の未来のため、そして愛する家族のため。


 決して野党の突き上げと予算の浪費が原因ではなかった。



 888


 とある街の一角。噴水のある公園の前で、冴えないのに服装だけは異様に決まった男がいた。


 彼の名前は太郎。記念すべき『RLS』第一号に選ばれた犠牲者である。


 彼はオタクだった。加えて留年していた。心も少し病んでいた。


 しかし体だけは清らかだった。


「…遅かったね?なんて冗談だよ!…遅かったね?なんて冗談だよ!…遅かったね?なんて冗談だよ!」


 彼は憑りつかれたように台詞を暗唱していた。彼には自分が彼女ができない理由が分かっていた。身だしなみに気を遣わない、肌のケアもしていない、話題作りのためにテレビも見ない、そもそも女子と会話してない。


 だからこそ、彼は今回のことをチャンスだと思っていた。できなくていいなんて見栄を張るけれど、本当は欲しくてたまらないのだ。そのチャンスが『国のお墨付き』、『100%の精度を誇る(当国比)』なんて言われたら張り切るしかないのだ。


 大丈夫、俺はやれる。俺は強い。


 自らを奮い立たせて、勇気を振り絞る。


 そして約束の時が来た。


『あの子か!』


 事前に特徴は知っていた。どころか、写真も見ているしプロフィールも知っている。なんなら今日相手がどんなタイミングで何を話すかも知っている。


「…遅かったね?なんて冗談だよ!」

「お、お待たせ、ごめんね。やっぱり慣れないと電車は辛いな~」


 よし、太郎は心の中でガッツポーズをした。なんとも完璧な「…遅かったね?なんて冗談だよ!」だ、太郎は自画自賛した。


 ちなみに彼女は電車通学歴12年目であるし、加えて言うなら、初めて太郎に会うためのプレゼントを買っている。遅れたのはそのせいだ。太郎は完璧にシュチュエーションを暗記していた。


「それじゃあ、い、いこうか」

「…う、うん」



 888



 公園、本屋、カフェ、ペットショップ。


 4つのデートスポットを巡り終えた太郎は心底焦っていた。


 全然楽しくない!?


 当然である。お互いやってることは恋人なのに、その本音は『一緒に帰って、友達に噂とかされると恥ずかしいし…』なのだ。現実は無常である。


 しかし太郎はまだ挫けていなかった。それは皮肉なことに、精神をがりがりとすり減らしたパートナーが横にいたからであった。


 後は告白だけだ。太郎はやつれた顔をパートナーに向けた。パートナーもやつれていた。しかし、心は通じ合っていた。


 夕日に照らされた高台。長い長い坂道を上り終えた二人は、手を繋いで街を見下ろす。


 二人の影が伸びて、それが重なり合っている。太郎は手を放してパートナーに向かい合った。


「俺、すごく楽しかった」


 照れくさそうに頬を掻いた、相手は恥ずかしそうに俯いているだろう。これまでの完璧な仕事が、太郎と彼女の間に奇妙な信頼関係を作っていた。


「初めてだよ、こんなの。誰と過ごしても、こんなこと、感じたことなかった」


 そもそも過ごしたことがないだろ。太郎には彼女の言いたいことが手に取るように分かった。


 それでも伝えなければならなかった。この胸にくすぶる感情を終わらせなければいけなかった。


 そうでなければ、僕らは前に進めない。


「俺と、付き合ってもらえませんか?」


 彼女の顔が真っ赤に染まる。それが夕日によるものなのは一瞬で分かった。


 そして彼女はためらいがちに口を開く。


 そしてついに、待ち望んだ言葉が紡がれた。


「ごめんなさい」

「ですよねー」


 やってやった。


 僕らはお互いに握手を交わした。ハイタッチもした。同じ戦場を駆け抜けた戦友として、お互いを称え合った。


 流れで連絡先を交換することになって、そのまま家に帰った。


 後日『RLS』は稼働を停止し、太郎は初めて女子の連絡先を手に入れた。












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