43話 ライバル登場の予感?

 訓練生になってから四カ月余りが経とうとしていた。

 あれから、俺達拳闘士の待遇はそれほど変わってはいないが、良くなった部分もある。


 まず、拳闘士達の一日のトレーニングメニューが改善された。

 今までは漠然と筋トレや走り込み、スパーリング等を行ってきた。

 それを、しっかりスケジュールとして組み、そして個人個人に合わせたトレーニングをするようにした。

 要するにちゃんと時間割を作って、効率よくトレーニングをできるようにしたのだ。

 最初は難色を示していた他の教官達も、ロゼッタに押し切られる形で渋々承諾。

 しかし実際に実行してみると、今までバラバラに好きなように訓練をしていた拳闘士達を管理しやすくなった為、今では納得しているようだ。


 そして一番変わったことは、そのカリキュラムの中に座学の時間を取り入れたことだ。

 これは、基本的なボクシング技術の事もさることながら、一般教養なんかも取り入れた。

 奴隷が知識を付けることを、市民の使用人達はあまり快くは思わないようだったが、マスタングの了承も得て、今では日に1時間程のお勉強会が開かれている。

 講師はバンディーニにロゼッタ、そして俺もやっている。

 バンディーニは主に文字の読み書きやボクシング技術に関すること、ロゼッタは歴史や一般常識等。そして俺はなんと算数の先生をやらされている。

 俺が計算を出来ることを知ったロゼッタは、なぜか泣きだし「ロ、ロイムのくせにいいいいいい!」と悔しそうにしていたのが実に気分爽快だったぜ。


 そんなこんなで、原始人に毛の生えた程度の知能しか持ち合わせていなかった拳奴達が、一気に小2くらいの知能になったのだ!


 そして、春を思わせるような気候になる頃に、良い報せが舞い込んでくる。


「ようやくマスタングさんの許可も下りて正式に決まったよ」


 バンディーニがそう言うと、皆の表情が一気に明るくなる。


「ロワード、君の拳闘士デビューが正式に決まった。期日は来月の頭、コロッセオで行われる拳闘大会の前座に出場することになった」


 そう告げられるとロワードは一瞬笑みを浮かべて、すぐに顔を引き締めると額の前で右拳を握り「よしっ!」と小さな声で言った。


 遂に、俺達の中から正式に拳闘士としてデビューする者が現れたことに、ヤクやディック雑草組をはじめ、他の部屋の奴らも嬉しそうな表情を浮かべていた。


「やったなロワード。デビュー戦、絶対に勝てよ」

「おまえに言われなくてもそのつもりだよ」


 俺が右手を差し出すと、ロワードも同じように右手を出す。俺達はがっちりと握手を交わすと、お互い口元に笑みを浮かべた。


「と言うわけで、試合が決まったからには練習あるのみ。今日からは、より実践形式のスパーリングを増やして試合勘を身に付ける。ロワードの相手はロイム、それにルクスにやってもらう」


 その言葉にルクスが「げぇ」と声を漏らした。

 あの後、ルクスは一応表面上は大人しくしている。

更生したかどうかはわからないが、ロゼッタに引っ叩かれたのが結構効いているらしいとバンディーニは言っていた。

 女のビンタにそんな効能があるとはな……。


 そして、俺の瞼の傷もすっかり完治した。

 目の傷は癖になりやすいので、オリーブオイルを塗り込むなどをして、乾燥しないようにケアは入念に行ってはいる。


 俺も13歳になり、早ければ来年にもデビューできる可能性がある年齢になった。

 なんでもこれまでの拳闘士デビュー最年少記録は、セルスタの14歳らしい。

 もし来年、俺もデビューできればセルスタに並ぶ最短デビューなのだとか。これは俄然気合いが入るというものである。

 最近では成長期に入ったのか、身長も少しずつ伸びているような気がする。

 俺は、早く大人になりたいという逸る気持ちを抑えながら、日々トレーニングに励むのであった。



 そんなある日。


「だからリバーってのはこう、右脇腹のちょうどここ、筋肉のない部分にあってだな」

「よくわからないわ。自分ではよく見えないんだもの、ここら辺?」


 俺は今、必殺ブローであるリバーブローをロゼッタに教えてやっていた。

 右腕を上げて左手で右脇腹を擦りながら、ロゼッタが呻っている。

 横から見ると、意外に女性らしいシルエットをしているロゼッタに、俺は一瞬ドキリとするも、こんな中学生と変わらない年齢の子になにをドギマギしているのかと思う。

 いや待てよ……そもそも今の俺は中学生と変わらない年齢なんだから別にいいんじゃないか?

てーかいいってなんだよ。良くはないだろ。ああああもうわけがわからん!


「さっきからなにをぶつぶつ言っているのよ? ねえロイム、ここら辺にその肝臓って言うのがあるの?」

「だからここだって!」

「きゃっ!」


 俺はうっかり手を伸ばしてロゼッタの脇腹を触ってしまった。

 するとロゼッタは小さな悲鳴を上げてその場に蹲ってしまう。


「ご、ごめん、その、ついうっかり」

「あのさ……ロ……ロイムはその……す……すきな」

「ん? なんだよ? 聞こえないぞ?」


 真っ赤になりながら、何かをもじょもじょと言っているロゼッタ。

 俺が聞き返すとロゼッタは急に立ち上がり「うるさい! なんでもないわよっ!」と怒鳴って行ってしまった。


「なんなんだよあいつ……」


 まあいいやと思い、便所にでも行くかと振り返ると、俺は誰かとぶつかってしまった。

 小さい悲鳴が聞こえたかと思うと、桶の水がひっくり返った音が響き、足元が水浸しになった。


 下を見ると、誰かが蹲っている。

 それは清掃などの雑用を任されている子供の奴隷であった。


「ごめん、ちゃんと見てなくて」

「私の方こそすいません、ちゃんと周りを見ていなかったから。大変な粗相をしてしまい申し訳ありません」


 手を差し伸べるも、尻餅をついていた人物は俺の手を取らずに立ち上がる。

 そして、深々と頭を下げて顔を上げると、不安そうな顔で俺のことを見ていた。

 たぶん、俺とそんなに歳も離れていないような女の子だ。


「本当に申し訳ありません。お召し物が濡れたりしていませんか?」

「いや、大丈夫だよ。て言うか、そんな畏まらなくても、俺も奴隷なんだぜ?」

「え? でもさっき、身なりの良い女性と話して」

「ああ、あれはロゼッタお嬢様だよ。俺達の主人、マスタングの娘」

「じゃあやっぱりあなた様も、偉い方なのでは?」


 くりくりっとした黒い瞳に浮かぶ不安気な表情。

 キツイ眼つきのロゼッタと違って柔和な感じだ。

 それに黒髪で、少し黄色がかった肌はどこか日本人の少女を思わせて、可愛らしい子だなと俺は思うのであった。



 続く。

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