メスかご主人か
椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞
桜の枝の上で。ご主人を取るか、メスネコを取るか?
オレはネコ。体毛は黒い。ちょこちょこ白い。名前はクロム。
今、桜の木の上にて立ち往生していた。
ご主人の住む自宅の庭に咲いている、桜の枝からお届けしている。
メス猫を口説いて、そっぽ向かれている真っ最中なのだ。
決して降りられなくなったわけではない。春の陽気にやられて調子に乗っているわけでも。断じて!
「待っててねー、クロムー! 今助けるからー!」
セーラー服の少女が、樹の下からオレを呼ぶ。
オレのご主人である
待て待て。上に登ったのはオレの意志だ。つまり自己責任である。自分で降りられつーの。そんなに高い桜の木ではない。
お相手は、お隣のミケさん。
捨て猫だったのを拾われたらしく、歳はたぶん二歳。人間で言うなら二〇代。リョーカの好きな「おかむらちゃん」的に言えば、「たぶん二三歳」だ。
時々近辺のオスからデートを迫られるらしいが、すべて断っているらしい。
「クロム、もうちょっとの辛抱だから!」
物置の方へ、リョーカは走って行った。
「行ってあげたら?」
ミケさんは、オレを軽くあしらう。
「いやいや、あんな女知らんし!」
「嘘ばっかり。あんたあの娘のノートPCの上がお気に入りなんでしょ? 正確には彼女の手の甲の上が」
う……。
「あんた、あの子が小説書こうとしら途端にキーボードを叩く手の上に乗るじゃない」
「あれは寒いからで!」
ネコは、温かいところを探す能力に長けている。
リョーカの手の上はノートPCに触れているため、非常に熱効率が固いのだ。
またリョーカは小説を書くときにやたらと熱が入る。中二病ってヤツだろう。あいつはこの春で高一になったが。今来ている制服も高校のものである。
だが、あいつは小説をやめない。
作家になろうとしているのだ。
オレも、彼女が書く小説を見せてもらう。
ジャンルはオレにはよく分からない。ヤロウ同士が抱き合っているシーンばっかり書いて、何が面白いんだ?
彼女の文章も、やたらポエミーで具体性に欠ける。だが、嫌いではない。
時々グサッとくる
「違うって! ご主人を邪魔するのは、飼い猫の義務!」
「なによそれ、聞いたことないんだけど」
「だーかーらー! オレはミケさんだけだって!」
必死で弁解するオレ。
だが、ミケさんはため息で返してくる。
「そうやってどれだけの女の子を泣かせてきたんだか」
「オレ童貞だし!」
「あのさぁ、それ告白しないと行けないこと?」
「単に、オレはアンタだけだって言いたい。それは事実だ」
「じゃあ、今すぐ野良猫に戻ってよ。あたしと一緒に」
何を言ってるんだ、このネコは。
「どうしたんだよ、あんなに幸せそうじゃんか、あんたたち」
オレは、お隣の様子をたまに見に行く。
ミケさんのご主人であるおばさんは、オレにも煮干しやメザシをくれたり親切にしてくれる。本物の家族みたいに。年中カリカリしかくれないキョーカとは大違いだ。
五〇代でもバリバリ働く。
おばさんの帰りを待っている間、ミケさんが少し寂しそうな顔をしているのを、オレはずっと見てきた。
彼女だって、あのおばさんは大好きなはずだ。
「なんでそういうこと、言うんだよ?」
知らぬ間に、オレの言葉には怒気が含まれていた。
どうしてオレ、ただの知り合いなんかのために怒ってるんだ?
「だってあたしたち、ネコよ? ネコは自分が神様なの。神様が何をしたって勝手でしょ?」
ミケさんが、こんなこと言うなんて。
「どうしちまったんだよミケさん!」
「ねえ、一緒に逃げてよ。あたしをあそこから連れ出してよ」
「ミケさん! そんなことしなくたって、オレたち夫婦になれるから! そんなこというネコじゃなかったじゃんか!」
「じゃあ、あんたはあの娘と別れられる?」
「あの娘と別れて、一緒になりましょうよ。二人で野良に戻って、お気楽なない日を送りましょ」
今、リョーカを見捨てれば、ミケさんと一緒になれる。
大昔のオレなら、喜んでついて行っただろう。
だが、オレとリョーカの関係はそんな簡単なモンじゃない。
一体、マジでどうしてしまったんだ?
「どうせあの娘だって、時が経てばあなたなんて忘れるわ」
「なんだと?」
「なんだっけ、あの娘の小説。ネット投稿でさ、一年やっても評価が少なくて」
「あいつの夢をバカにするんじゃねえ!」
子猫だったオレは、廃品回収の山から拾われた。
段ボールの隣は本の山で、リョーカは最初、本に目を奪われていたのを覚えている。
リョーカはオレをクロムと名付け、三年も育ててくれたのだ。
その間、彼女は苦しんでいた。
自分の小説が結果を出せないことに。
現在彼女は、進学校に進んだ。
小説活動を親に認めさせるためである。
作家活動を反対する親を納得させるため、必死なのだ。
オレだって、小説家ではもう食っていけないことくらい、噂で知っている。
小説を編集する会社がしんどくなって、悪徳企業も増えて、作家自身が自分で自分を宣伝していく時代になった。
それでも、あいつは小説を書いている。
好きでしょうがないんだ。きっと、食えなくても。
病気に近いかも。
創作なんて、オレたち猫にはない文化だ。
だから興味がある。
あいつが何者になるのか。
オレが見届けてやるのだ。
それが、飼い猫の特権じゃないか!
「あいつはこれからなんだ! 受験で書けなかった分を取り戻すために、バリバリ書いてる。オレは、頑張っているご主人を見ているのが好きなんだ」
それは多分、これから先も変わらない。
「ふーん。やっぱ、ご主人サマが好きなんじゃん」
ミケさんが呆れた口調で言う。
リョーカが、物置からハシゴを持ってきた。
「今行くから!」
ハシゴを桜の木に立てかける。
「よいしょ」
制服のまま、リョーカはハシゴを登り始めた。
バカか。学校指定のクツじゃ登りづらいだろうが!
滑る滑る!
ハシゴも、誰か支えてくれる人いねえのかよ!
第一、届いてねー!
「やめろ、リョーカ!」
オレは叫ぶが、リョーカには鳴き声にしか聞こえていない。
きっと助けを呼んでいると思ったはずである。迂闊だった。リョーカを急かしただけ。
「もうちょい」
ハシゴの先まで登り切った。リョーカが手を伸ばす。
「うわ!?」
ご主人がバランスを崩した。
まずい、このままではリョーカがハシゴから落っこっちまう!
「うおおおお! リョーカ!」
オレはとっさに枝を降りて、リョーカの胸に滑り込んだ。
しっかりとブレーキを踏み、爪で速度を殺して。
ハシゴを足で踏んづけて、倒れないように背中でおさえる。
「おっとっとっと」
リョーカがオレを抱き留めた。
「よかったー。無事だったね」
オレを落とさないように、ゆっくりとハシゴを下りていく。
降りきったご主人は、ミケさんを見上げる。
「ありがとね、ミケちゃん。心配してくれてたんだよね」
何を言う。さっきまでケンカしてたんだぞ。
「ミケさん、オレは、あいつに小説家を目指して欲しい。でなきゃ、オレの寝床がなくなっちまうから」
オレの精一杯の虚勢だった。
一緒になる条件が「野良に戻ること」なら、オレは野良には戻らない。
「やっぱり、あなたはご主人サマが捨てられないんじゃん。さよなら」
ミケさんは、オレに背を向ける。
「ご主人サマを、大事にしてあげるのよ」
「お、おう……」
妙に湿っぽい言葉を残し、ミケさんは自宅の塀の奥へと消えた。
ミケさんの去り際、桜の花びらがオレの額に落ちる。
それ以来、ミケさんは外に出なくなった。
翌日、ミケさんのご主人が引っ越したと、猫の集会で聞かされた。
おばさんが体調を崩し、長期入院するという。
ミケさんは、おばさんの息子が面倒を見ることになったという。
おそらく、ミケさんはおばさんの体調がよくないことを、知っていた可能性がある。
だからオレを突き放したのだろうか。
まさかな。ミケさんに限ってそんな気を使うとは思えないが。
オレは、指定席に戻った。
やはり、ご主人の手の甲が一番落ち着くなぁ。
ただ、毎回思うことがあった。
聞こえるわけないが、オレは一応ご主人に聞いてみる。
なんで毎回押し倒される側に、ネコミミが付いてるんだ?
(おわり)
メスかご主人か 椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞 @meshitero2
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