同級生とAmazonのエロページを閲覧する

たつおか

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 雲行きが怪しい……少し前からこの空気に違和感を感じて、ずっと尻の座りを悪くしていた。

 そんな俺の隣では、


「わ……わぁ、すごい……ねぇ、ハル君! これなにコレ?」


 身を乗り出してはマウスを握りしめたエチカがノーパソのモニターを凝視している。


 事の始まりは、少し前にAmazonで商品検索を始めたことから始まる。

 文化祭での出し物がお化け屋敷に決まったことを受けて、小道具係の俺たち二人はその材料探しをしていた。


 もとより俺とエチカは同じマンションに住む同級生だったから、この日はエチカの家に集まってアイデアの打ち合わせをしようと約束していたのだ。


 彼女とは小学校からの付き合いで、こうしてエチカの部屋を訪れるのも初めてではない。

 むしろ彼女の両親が共働きということもあって、帰宅までの間にエチカが一人きりにならないよう、俺達は足しげく互いの部屋を行き来していたのだ。


 今日だってそんな何気ない一日になるはずだったのに……予想外の出来事はAmazonの関連商品欄に『食べられるローション』なるものが表示されたことから始まる。


 思わぬそれの登場に好奇心も手伝ってか、俺達は次々とそこから始まるリンクを辿って行った。

 最初の頃は多種多様なローションやスキンの紹介にゲラゲラと笑っていた俺達ではあったが、ふと画面に『年齢確認・18歳未満の方のアクセスは固くお断りします。』の表示が現れた頃から空気が変わり始めた。


 男である俺にはその表示の意味が分かっていた。

 だからこそここで引き上げて、もとの材料探しに戻ろうと提案した俺であったが──こともあろうかエチカはそれを蹴った。


 無垢で純朴なエチカの好奇心は、一度でも疼いてしまうと後はもう収まりがつかない。……子供のころからの付き合いで分かっていた性格ではある。

 こうなると言葉ではもう抑えが利かないことも知っている俺は、『ならば飽きるまで付き合おう』と、この時はまだ気楽でいた。


 エチカとてあのアダルトページのおどろおどろしさにすぐ気圧されてしまうことだろうと高をくくったのであった。

 ──が、しかし。

 エチカの好奇心は委縮するどころか商品を辿るごとに大きくなっていった。

 しかも困ったことに……


「ねぇ、ハル君。コレなぁに? 何に使うの?」


 興味のあるアイテムを見つけ出しては、その詳細を俺へと尋ねて来るのだった。

 健全な男子学生たる俺には、これらジャンルへのある程度の知識はついている。だから尋ねられる質問も、エチカを刺激してしまわないようオブラートに包んで説明しようと試みるが……


「穴に入れるの? どこの?」


 発想力と語彙の少なさからつい上げ足を取られてしまう。

 やがては言葉に窮するようになり、ついには当初の思惑空しくも尋ねられる質問に対してストレートにその内容や使用方法を応えるようになっていた。


「ねぇねぇ! じゃあさ、これは何なの?」

「それは……その先端のピンク色の玉が細かく震えるから、それを女の子の体に当てるんだ」 

「当ててどうなるわけ?」

「どうなるって……たぶん気持ちいいんじゃないか? AVじゃそんな感じだったけど」

「気持ちいいの!? これが?」


 苦虫をかみつぶしたが如くの俺とは対照的に、エチカの好奇に満ちた顔はどんどんと輝きを増していく。

 俺はといえばただもう『早く終わってくれ』と願うばかりではあったが──そんな時に事件は起きた。


「そーなんだぁ。……じゃあ、えい」

「ん? お、おい何をした!?」


 エチカの行動に俺は目を剥く。

 事もあろうかエチカは、今しがた俺から説明を受けた『ピンクローター』をポチったのだ。


「えへ、買っちゃった♡」

「買っちゃった、じゃないだろ! すぐにキャンセルしろって!」

「大丈夫だよー。517円ですごく安いじゃん。アタシのお小遣いで買えるもん」

「そういう問題じゃねーっての! あーもー」


 慌てふためく俺の様を前にして、事の重大さを理解していないエチカは尚更に面白がってはころころと笑う。

 さらにはそんな俺の反応に気を良くしたのか、


「じゃあこれも買っちゃえー♪」

「ば、バカ! そんなの入るわけねーだろ‼」


 追加して『ZEMALIA Delia 38℃加熱・柔らかいローター』も購入してしまう。

 その後も『マーブルキャンディ』やら『250ml大容量シリコンタンク』やら『電動マッサージ機(笑)』もどんどんとカートに入れていくエチカに慌てふためいては、俺も片っ端からカートの中身を空にしていく。

 そうして奮闘すること30分──


「あー、面白かったー♡」

「はぁはぁはぁ…‥‥…」


 ようやく買い物に飽きたエチカの傍らで、件のグッズ購入を阻止し切った俺は大きく肩で息をする。

 しかしながらこれだけじゃまだ終われない。

 トイレにでも行くのか、そそくさと席を立つエチカを背中に俺は再びノーパソに向き直る。

 それこそは、


「えっと……履歴ってどうやって消すんだ?」


 彼女の後始末だ。

 このノーパソはエチカの家族で所有しているものである。もし両親のどちらかが再びAmazonを利用するとしてこの閲覧記録に気付いたら、おそらくはエチカを問い質すことだろう。

 そうなった時のエチカを想像して俺は胸が苦しくなったのだ。


「俺がいる間は、しっかり守ってやるからな」


 惚れた弱みとはいえとんだ気苦労を背負うことになったもんだ。

 それでも俺はどこか彼女を守るナイトになれたようで、まんざらでもない気分で作業を続けた。

 しかしその時……俺はとある異変に気付く。


「な……なんだよコレ?」


 それこそはエチカの『購入履歴』だった。

 目の前に表示される内容が信じられずに思わずアカウント名を確認する。

 そしてそれが紛う方もない『エチカ本人』のものであることを確認しさらに困惑するのだった。


「これも……これもそうだ。これだってさっき俺が……どういうことだよ?」


 目の前に表示されるエチカの購入履歴──そこには、先ほど俺が消していった商品がことごとく表示されていた。

 決済の済んでいないさっきの商品がこのページに反映されているはずがない。ならばここにそれらが表示されているということは即ち、


「今日より前に、すでに買われてたってこと……?」


 ──と、そのタイミングで


「あー……悪いんだァ。アタシの個人情報見ちゃってぇ♡」

「ッッ──!?」


 背後から掛けられる声に俺は両肩を跳ね上がらせる。

 弾かれたように振り向くそこには、何やらトレーを両手に持ったエチカが俺を見下ろしていた。


 下瞼をうわずらせて笑みを湛えるその瞳には、どんなAVで観たどの女優よりも淫靡な艶(いろ)が宿っている。


 やがて両手にしていたトレーが目の前に置かれると──俺はその上に並べられたモノを確認して完全に腰を抜かすのだった。



「ねぇ、ハル君♡ コレなぁに? 何に使うの?」





【 おしまい 】

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