6 傷つきたい

時々、無性に傷つきたいと願う。

うわべだけの会話なんて、最も忌み嫌うものだ。

お互い丸裸になって、本音をさらして、言い争いがしたい。子どもみたいに、取っ組み合いのけんかがしたい。


すべてを捨てて、ここで人生が終わってもいいぐらいに、相手の心を鷲掴みにしたい。

憎まれたい。


それをマゾヒズムと呼び、軽蔑し、酒の席の肴にする人がいるかもしれないけれど、そうではないのだ。


この世は、人間の心情は、もっと複雑だ。


なぜそんな無闇をするか、なんでそんな感情をいだくのか、と問われれば、

わかる人にしかわからない、と答えよう。


刃物のような言葉は、心をズタズタにするかもしれない。

一生治らない心の傷を負うかもしれない。

明日、朝起きることができなくなるかもしれない。

そのまま、ズルズルと休み続けることになるかもしれない。


それなのだ。それがいいのだ。

破滅願望。

再起不能になるまで立ち上がれなくなりたい、という感情。


それを、病んでいる、というのなら、僕はおそらく病んでいるのだろう。


でも、その傷ついた、極限の果てには、どうしようもなく、甘い甘い、果実がある。


いい文章が書けるようになる、というご褒美が。


傷つき、病んだ者の文章は格別だ。


太宰の人間失格だって、宮沢賢治の銀河鉄道の夜だって、三島由紀夫の金閣寺だって、その他、文豪の作品は大体が、頭を抱え悩み、そして命を削ってできた大傑作だ。


そして、小説家が死のうとも、その文学は時を越えて残り続ける。

残らなくても、命を削った結果だから、そこに宿る美学が存在した、という事実は変わらない。


それだけで、いいじゃないか。

人間が存在する理由なんて、それだけだ。

物を書く者は、文章の奴隷なのだ。


物を書く者は、壮大に傷ついて然るべきだと思う。

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