告りなさい!
きーぱー
第1話
成功者である彼は何不自由無く欲しい物は手に入れてきた。もちろん莫大な金を持っている訳でもなく身の丈にあった物欲を満たす程度である。
恋愛に関してもそうだった。身の丈にあった女性にアプローチし食事や映画、舞台に誘い数回のデートで身体を重ねあう。至極自然な大人の交際を幾度となく繰り返してきた。世間では成功者として認知されている彼ではあったが1つ悩みがあったのだ。彼は1人の女性に恋していたのである。彼女と知り合い2年が経つが未だに告白できないままであった。
その相手とは
「商談前に何事ですか?やる気あるんですか?」
少しゾクゾクッとしてしまう吉宗だった。
「あっ…いや、ちょっと商談前にリラック……」
彼女は最後まで言わせず畳み掛けるように
「リラックスしたかったら飴でも舐めていて下さい!」
「…あっ わかりました……」
元々、綺麗な上に艶っぽく自分の秘書なんかもったいないと感じるほどだ。
「ブブブッ ピコラピコラ ブブブッ ピコラピコラ」
スマートフォンのベルと振動バイブレーションが寝室に鳴り響く。吉宗は音に気付くとベッドの中でスマホの待ち受け画面を確認する。相手は瑞恵である。
「おはようございます社長。定刻通り30分後、玄関ホールでお待ちしてます」
「ん……あぁおはよう瑞恵君、わかった」
何時ものモーニングコールである。
こうして彼女のスケジュール通りに一日が始まり終わっていくのだった。
現状打破の為、吉宗は恋愛相談の出来るサイトを探していた。相手が相手だけに会社関係の人間に相談する訳にもいかずスマホや社長室のパソコンからサイトを巡っていると吉宗の目に止まった1つのサイト。どうやら個人サイトのようで登録等は必要なく連絡フォームに相談内容を出来るだけ詳しく書き込めばアドバイスやヒントといった返信メールが来るシステムのようだった。ただ、サイト管理人は昼間仕事をしている為、仕事の合間か帰宅後の返信になるらしい。
「いい歳して恋愛相談とか……自分で情けなくなるな」
吉宗はブツブツ独り言を言いながら相談内容を出来るだけ詳しく書き込みスマホから送信したのだった。
「今の関係が進展するヒントだけでもいいんだよ……頼むよ管理人さん」
次の日……何時ものように瑞恵からのモーニングコールが鳴り響きスマホを手に取り電話に出ると
「……」
あれ?聞こえない。少し間をおいてから
「……しゃっしゃちちょう!おはようございます。いっ…何時もの玄関ホールで待ってます!」
彼女は何時もとは微妙に違う挨拶をすると吉宗が挨拶する前に電話を切ってしまった。一体何だったのだろう?テンションも違うような…
吉宗は会話が切れたスマホを眺めながらそんな事を思っているとメールが着ている事に気がついた。
(管理人さんだ!)
まだ寝起きだった吉宗は返信メールの内容に一瞬で目が覚めた。
(彼女に
返信メールには、たった一言「
スーツに着替え玄関ホールに着くと何時ものように瑞恵が迎えに来ていた。
「おはようございます……」
瑞恵は少し
「あっああ…おはよう瑞恵君」
相談メールのせいなのか少し意識してしまう吉宗だった。
(彼女に素直な気持ちを伝えたい……)
吉宗は勇気を振り絞り自分の思いを瑞恵に伝えることにした。
「瑞恵君、あのね…聞いて欲しい事がある」
「はい……」
瑞恵は下を向き真っ赤になっていたのだ。
(彼女に好意があるのは悟られないように細心の注意を払ってきたつもりだったが)
「ずっと…すっ すっすっ」
瑞恵が赤面した顔を少し上げて聞き直す。
「す?」
(ああああ!ダメだ!まだ勇気が振り絞れない!)
「ずっと!スルメが!好きでした!」
吉宗は咄嗟に訳分からないことを口にした。
「スルメ……」
「そっ そう!僕はスルメが好きでね! アハハは……はあぁ…」
下を向いていた瑞恵は小さな溜息をつき吉宗に聞こえない声で一言。
「はあぁ…スルメ……は、ないわぁ」
そう呟くと何時もの秘書顔に戻った瑞恵が言い放った。
「スルメですか?朝からスルメですか?今、必要ですか?スルメの話!」
「あっいやっ……ごめんなさい」
(ダメだわ……いきなり告白させるのはハードルが高すぎたみたい。以前は女性と付き合っていたと聞いていたからすんなり告れると思っていのに……)
そう。吉宗が相談したサイト管理人は瑞恵本人だったのだ。
相談内容からして自分や吉宗を含む事象に重なる部分があったためか何時もなら適当なアドバイスやヒントを返信して終わるはずだった相談メールのアドレスを確認して吉宗本人と気がつき驚かされた。吉宗がたまに見せる優柔不断なとこや世間知らずなとこを差し引いても瑞恵自身、吉宗に好意は以前からあったのだ。
「それじゃ社長、お疲れ様でした。今日と同じ時間に迎えに来ます」
「あっ お疲れ様でした瑞恵君」
午前中は多少ぎくしゃくしたものの、その日の仕事を終えた二人は自室に戻る途中
マンションのエレベーターの中では吉宗が
(一応、管理人さんに今日の報告をしておくかな。やっぱりいきなり告白はなぁ…)
どうやらサイト管理人に今日の報告メールをするらしい。同じ頃、車を走らせ自宅に戻る途中の瑞恵は
(うーん…そうね いきなり告白出来ないのは今回判ったから、いくつか段階を踏んでから告るよう仕向ける必要があるわね でも、どうやって……)
信号待ちをしている瑞恵の目にレストランの看板が飛び込んできた。
(これだわ!)
自室に戻った瑞恵はテーブルの上に置いてあるノートパソコンの電源を入れる。すると、吉宗からのメールが届いていた。その内容に瑞恵が愚痴り出す。
「なんで一言いえないのよ 好きです僕と付き合ってくださいって…」
不満そうに立ち上がり台所に向かうと冷蔵庫から缶ビールを2本取り出した。
「よーし、それなら食事よ!食事!食事に誘うのよ!フフフッ」
瑞恵はビールのせいか少し
「ブブブッ」
(あれ?管理人さんからメールだ)
吉宗はサイト管理人からのメールを読む。
「え?えええぇぇ!?」
メールの内容はこうだ。
=報告ありがとうございます。そうですか、告白は無理でしたか……
=貴方が告白1つ満足に出来ないのは、よーーーーくわかりました!
=よーーーーくわかりました!(大事なことなので2回)
=気を取り直してアドバイスを^p^ 食事に誘って今の関係から少し親密に
=なっていくのはどうでしょう?
=まさか、食事にすら誘えないって事は無いですよね?頑張って下さい。
=報告待っています。
「何も2回言わなくても……」
(確かに今回はヘタレたけれど食事は楽勝だ!見てろよ管理人さん!)
翌日、午前の仕事が一段落した吉宗は運転中の瑞恵に話しかけた。
「瑞恵君、ちょっと早いけどお昼にしないか?」
バックミラー越しに瑞恵は答えた。
「はい、どちらに向かいますか?」
何時ものように素っ気なく答える瑞恵。
「今日は特別な
「わかりました」
(○×△町?あんなところにレストランなんてあったかしら……)
おしゃれとは程遠い人も
(多分、隠れ家的な民家風レストランか何かなのね!フフッ憎いわね吉宗)
勝手な想像を膨らます瑞恵であった。
○×△町に着くと吉宗は後部座席から道を案内しだした。
「あっここだよここ その辺に車止めていいから」
吉宗はニコニコしながら車を降りると駅に向かって歩き出した。瑞恵は想像した民家風の隠れ家的レストランに備え、バッグから鏡を取り出し簡単な化粧直しをしてから車を降りた。
「こっちだよー瑞恵君」
吉宗は駅に入る階段の途中で手招きし瑞恵が合流するのを待っている。駆け足で吉宗の隣に追いついた瑞恵に吉宗が切り出す。
「ここの月見てんぷらそばが絶品なんだよ」
どうやら
「ほら着いたよ」
瑞恵は愕然とした。吉宗が指差したそこには駅の売店の横に立ち食い蕎麦屋のコーナーがあったのだ。
(今はっきりわかったわ 彼は天然なんだわ……)
瑞恵は、そばのどんぶりを片手に駅の天井を見上げたのだった。
そう。吉宗は天然だったのだ。その日の夜、管理人宛に吉宗からメールが届いていた。内容は聞くまでもなく大成功を臭わせる痛いメールだったのだ。瑞恵は折れかかった心を落ち着ける為に大きく深呼吸すると吉宗攻略プランを練り直す決意を固めた。
「そもそも、食事なんか毎日一緒に食べてるでしょうに!次はお酒よ!お酒!お酒に誘わせてやるから待ってなさい!吉宗!!!!」
報告メールを見るなり次のステップと
こうして、告りたくても勇気がまだ無い天然吉宗と告ってもらいたい瑞恵の一向に進展しない恋の話は無間地獄に落ちていくのであった。
告りなさい! きーぱー @poteito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます