リア充にならないといけない世界なんて

藤ノ宮コウジ

第1話

 僕は放課後に担任の先生から職員室に来るように言われた。

 3月。もう季節は春になり始めている。冬の寒さは日を重ねるごとに存在感が消えていく。僕がこの学校に入学してもう1年が経とうとしていた。そんなことを考えながら歩いていると職員室は目の前だ。

 「失礼します」

 扉を開け、担任の桐谷先生の下へ足を運ぶ。

 「おお、来たか」

 桐谷先生はパソコンで作業していて、僕が近寄るまで気付かなかったらしい。

 「ところで、最近の学校はどうだ?」

 なんとも抽象的な問いだ。この類の質問は色々な事情があって不登校の生徒か、入学してまだ間もない時に訊く質問だと思うのだが。一応僕は学校に毎日登校している。できるものなら、毎日学校に行かず自室に籠ってゲームとアニメを見たい。

 だが、そんなことをすれば当然、親から叱られ、授業も理解不能になるのが落ちだ。

 「どうって…普通ですよ」

 「あれから何も無かったのか?」

 「あれから頑張りましたが、やはり無理でした」

 「菅原、このままじゃ、お前退学だぞ?」

 「分かってはいます」

 この会話から、皆はなんのことかさっぱりだと思う。無理もない。

 僕が在学しているこの高校は一見普通に見えるが、たった1つだけ、他の学校とは違う点がある。

 それは『入学して1年以内にリア充にならないといけない! もしこれを達成出来なかった者は校則違反者として退学処分に処する』。

 この学校にはこんなバカみたいな校則が存在する。

 この校則の意義は『現代はゲームやアニメなどの画面上の異性にしか好意を持てない人の人口が増加傾向にあり、それに伴った未婚率の増加が予想される。よって、更なる少子化がより深刻な社会問題になるだろう』という研究データがあるらしい。

 それに先駆けてこの学校は高校時代に異性との交流を多く持つ事が大事という結論にいたりこのクソみたいな校則が出来上がったわけだ。

 こんな校則があるなんて僕は全く知らなかった。

 何故なら学校のパンフレットにもHPにも記載されていない。一種の詐欺だ。

 このことを知らされたのは入学式後のホームルームだ。皆、愕然としていた。

 しかし、その驚きが嘘かのように徐々に彼氏彼女ができてリア充が誕生したのだ。今となってはクラスのほぼ全員がリア充に。

 補足だが男は彼女、女は彼氏というのは絶対条件だ。ジェンダー差別も甚だしい。

 それに彼氏彼女は他校でも構わない。

 そこで僕はこの抜け道を見つけて、12月ぐらいに先生に彼女ができましたとう嘘の報告をした。

 そこで先生は証拠の提示を求めてきた。普通なら電話帳やメッセージアプリの友達欄で証明するらしいが、生憎あいにく、僕は女子との連絡先を1人も交換していなかったため嘘が見破られてしまったのだ。

 「菅原に好きな人とかいないのか」

 この場合何と答えるのが正解なのだろうか? たしかに僕は好きな人がいる。

 だが、普通「好きな人いる?」と、訊かれたら、いても「いないよ」と答えるのが僕にとっては普通なのだが…。

 「はい。います」

 僕は思い切って言ってみた。すると、

 「えっ!? いるのか?」

 逆にこの先生はいないと思って質問したのか。まさか「いない」と、答えたら特例措置でもとってくれるのか? そう思うととても後悔した。まあ、特例措置なんてないことは知っているが。噂では年に5人程退学者がでるらしい。

 「好きな人がいるなら、頑張れ。まあ、時間はないけど」

 桐谷先生は苦笑い。おそらくこの先生は僕を半分諦めているようだ。

 話はそれで終わり、僕は職員室を退室して下足場を目指した。


 帰り道、僕の周りにはリア充ばかりだ。

 元々、僕はリア充をうらんでいなかった。なぜなら僕はアニメの女の子がいればそれで満足で、3次元の女子にあまり興味を持っていなかったからだ。だが、今まで何人か好きな人はいたが結局、告白せずに終わるのだ。僕にそんな勇気も無い。

 にしても、これだけリア充のイチャイチャを見せられては無情に腹立ってくる。

 「麗奈ちゃん、転校するらしいよ」

 「麗奈ちゃんって7組の?」

 「そう」

 前にいるカップルの話し声が僕の耳に入ってきた。

 「えっ!?」

 おもわず声が出てしまった。

 これはとてもマズい状況だ。

 さっき先生にも言ったが僕には好きな人がいる。同じクラスの雛川麗奈ひなかわれいな

 長い髪に凛とした目。背は高く、モデルの様な体型をしている。

 それに雛川さんもまだ彼氏をつくっていない。

 あのモテそうな人が彼氏をつくらなかったのは転校するからか。

 今、やっと辻褄つじつまが合った。

 雛川さんが彼氏をつくらなかったのはワンチャン僕からの告白を待っているのでは? と、勘違いしていた僕がバカらしく見えてくる。

 仮に僕が雛川さんに告白したらOKはもらえるのか? いや恐らくもらえない。

 しかし、僕の彼女は雛川さんがいい。オタクで恋愛経験のない人がこんな贅沢を言ってはいけない事ぐらい重々承知している。

 雛川さんは転校するんだ。この想いを伝えて、後々気まずい関係にもならない。

 この機会は僕の勇気を試す絶好の機会だ。もしふられてもいい。その時は潔く退学する。

 そう決心して既に1週間が経った。

 告白するタイミングがどうも分からない。

 それに雛川さんと話したいが転校するっていうのもあって常に女子達が周りを、まるで壁のように囲んでいる。

 恋のキューピットも女友達も男友達もいない僕には誰にも頼むことができない。全部1人でするしかないのだ。

 3月後半に突入した。

 休み時間には少しでも多くの思い出を作ろうと友達との会話が盛り上がっている。正直僕には雑音でしかない。皆が友達とのトークを楽しんでいる最中にも僕は1人でラノベを読んでいる。

 だが、普通に読んでいるはずなのに内容が全く入って来ない。

 原因は分かっていた。ずっと『告白』のことを考えていたのだ。

 もう時間がない。あの女子達の壁を壊してまで告白しに行くべきか?

 いや、焦るな自分。

 そんなくだらない自問自答をしている間にも時は進んでいる。

 遂に今日は運命の日。修了式、即ち雛川が転校する日でもある。

 式は無事に終了した。先生達が何を話したか全く頭に入って来てないが…。今からは最後のホームルームだ。担任の桐谷先生の話が終わり、解散となった、が、皆解散する素振すぶりも見せない。友達と会話している。中には泣いている生徒もいた。普段は先生が解散と言ったらすぐさま帰らないと行けないが最後だから大目に見ているらしい。ぼっちである僕はこの時間が苦痛にしか感じないのだが、女子達が雛川さんと話しているお陰で彼女はまだ帰っていない。

 「とりあえず下足場で待つか」

 僕は結局誰とも話さずに1人、立ち上がり教室を後にする。

 「遅い…」

 下足場で僕は20分近く待っている。男子達はもう帰ったが、問題の女子達がなかなか帰らない。

 すると雛川さんの姿が見えた。だが、その後ろには5人程の女子達がいる。

 どうやら話しながら帰るらしい。

 ヤバい、その言葉しか今は頭に浮かんで来ない。

 

 僕は雛川さん達の後を付けて電車にまで乗り込んだ。僕の家は高校から徒歩圏内にあるため普段は電車は利用しない。

 雛川さんは電車に乗って9駅目で降りた。そして僕も気付かれないように降りる。

 ホームから出てスタスタを歩いている雛川さんの後ろを付けている。明らかにストーカーだ。

 そして遂に僕は勇気を出して雛川さんを呼び止めた。

 「あのっ、雛川さん」

 少しびっくりした表情で振り向く。まあ、無理もない。話した事もないクラスメイトからいきなり話しかけられ、しかもこんな場所で。絶対にキモいと思われているな。

 「す、菅原君!?」

 驚いた雛川さんもなかなか可愛い。

 さあ、今からが正念場だ。今まで考えてきた告白の言葉を思い出すんだ。

 「あ、あの、ぼ、僕は雛川さんのことが好きでした。僕は人の事をこんなに考えたのは初めてでした。でもそれが雛川さんで本当によかったと思っています。だから僕とつ、つ、付き合ってください!」

 遂に言えた。人生初の告白。

 しかし、答えはほぼ決まっている。ふられて終わりなんだ…。恐る恐る雛川さんの顔を見た。

 「えっ!?」

 雛川さんが泣いてる!!?。

 「……わたしも菅原君のことが好きだったよ」

 僕の思考は一瞬で壊れた。雛川さんが何を言っているのか理解出来ない。それになんで泣いているうんだ?

 「…好きだったの。でもわたし臆病だし、転校する事が決まっていたから、あえて告白しなかったの」 

 「え、でも」

 「嬉しかった……まさか菅原君から告白してくるなんて、思ってもいなかった…」

 雛川さんは顔をくしゃくしゃにしながら必死で言葉を出している。

 「だから、これからよろしくね」

 「あ、ありがとう」

 この言葉がOKをもらえて最初に言う言葉か分からないが、いまはそんなことどうでも良い。

 なぜかぼくも歓喜のしずくが抑えきれず、泣いてしまった。

 

 

 

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リア充にならないといけない世界なんて 藤ノ宮コウジ @EtouTakeaki

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