Chain~この想いは誰かに繋がっている~

日下奈緒

第1章 会社にて#1

大人の恋は、単純なようで難しい

”好き”じゃなくても、付き合えるくせに

そのタイミングを、逃す事だってある


私には、好きな人がいる。


同僚で、気のおけない男友達。


そんな微妙な関係。



「なあ、夏目。」


「ん?」


「たまには、一緒に飲みに行かないか?」



そんな周平に、飲みに誘われたのは、一体いつぶりだろうか。


ああ、そうだ。


たぶん、私の昇進祝い以来だ。



「うん、行きたいね。いつ行く?」


私は期待しながら、周平に尋ねた。


「そうだな……今週は?」


「あっ…ごめん。ちょっと仕事で時間取れなさそう。来週は?」


「来週は……俺、海外に出張なんだよ。」


「そっか……」



期待しても、お互いに責任のある身で、なかなか一緒の時間は取れない。


もっと、一緒にいたいのに。



「じゃあ、仕事一段落したら、教えて。」


「…うん。」


そう言って、名残惜しそうに背中を向ける周平。


それをもどかしく見つめる私。


いつもそう。


これを今まで私は、何度繰り返してきたんだろう。


私の名前は、夏目美波(ナツメ ミナミ)。


27歳、OL。


一緒に就職した周平を想い続けて、早5年。


全く自分の歯痒さには、呆れかえる。



そして訳もなく、行きつけの居酒屋で、一人飲んだくれている始末。


「好きなら、さっさと告白して、付き合えばいいでしょう。」


「それが出来るなら、とっくに付き合ってるって。親方。」


この店の親方とは、もう馴染みの関係で、周平の事は、既に相談済みだ。



「勿体ないなぁ。それだけのいい女が。」


「そう言ってくれるのは、親方だけだよ。」


慰めてもらってる思うだけ、惨めになる。


「そうだ。一度、この店に連れて来なよ。」


「ええ?」


「夏目さんに相応しい男か、俺が見てやる。」


「マジですか!?」


いつの間にか仲良くなったとはいえ、親方のこの親身になってくれるところは、本当に有難い。


この店の常連は、おそらくこの親方の人柄に、惹かれて来てるのだと思う。


「いつかね……連れて来ますよ。」


私は果たせるかどうかわからない約束を、酔った勢いで、親方と交わすのだった。



そしてその次の日に限って、今日も残業だ。


昨日の夜は飲み過ぎて、頭が痛い。


でも締切が迫っているんだから、仕方ないか。



「お先します。」


「あっ、お疲れ様。」


先に帰る部下を見送り、一人カチャカチャとパソコンを叩く。


グラフ作成自体好きなんだけど、それを分析するって、結構面倒くさい。



「何なに?この商品、40代、50代は“好き”が8割。20代、30代は4割。ダメじゃん、これ。」


肝心のターゲットに、受け入れられていないという結果。


部長はこの商品、あまり乗り気じゃなかったから、もしかして廃番かな。


それとも今の時期は、クリスマス戦線が始まっているし、売上が鈍いから、もう少し残すのかな。


「うん。もしかしたら、孫に買う人もいるかも。」


グラフの脇に、そのコメントをさりげなく入れる。


「そのコメントは、入れない方がいいな。」


その時、突然聞こえる男の声。


誰?


もしかして、泥棒?


私の心臓は、一気に止まった気がして、ゆっくり頭だけ後ろに回転させた。



「周平!!」


いつの間にか、真後ろにあるデスクに、チョコンと座っている周平。


スラッと伸びた足が、脳内のアドレナリンを放出させる。


「アンケートの結果は、あくまで客観的に。私的な意見は、書きこまない。ですよね?夏目主任。」


「おっしゃる通りです。真野主任。」



いつも部長から指摘されていること。


しかも、周平とお揃いで。



「夏目、残業?」


「うん。」


そう返事をして、私はまたパソコンに向かった。


「時間、かかりそう?」


「うん……もしかしたら。」


今日は家に帰っても、何もすることないし。


そういう時に、できる仕事はしておく。



「じゃあ、今日もダメかな。」


「えっ?何?」


私の言葉に、周平が恨めしそうに見つめる。


「話があるって言ったろ。」


「……そうだったね。」


忘れてはいなかったけど、こんな立てこんでいる時に、言われてもね。



「また、今度にするな。」


周平が立ち上がった。


「あっ、待って!」


無意識に引き留める私。


「あと、30分だけ待てる?」


ダメ元で言ってみた私の提案に、周平はため息一つで、OKをくれた。



―30分後。


「ほらよ。」


一向に仕事の終わりを告げない私に、周平はミルクティーを買って来てくれた。


「あれ?よく知ってるね。残業する時は、ミルクティーだって。」


「普段はコーヒーしか、飲まないけどな。」


そして、周平も同じミルクティーの缶を開けた。


「ホント、ごめん。切りがいいところまで出来たら、急いで止めるからさ。」


「ああ~、もういいや。」


焦る私に、周平は一人諦めモード。



「ここで話す。」


そう言って周平は、私の隣の席に座った。


「周平?」


椅子がギシッとなると、周平は静かに、私を見つめた。



いつもと違う、真剣な眼差し。


「なに?そんな真面目な顔して。そんなに大事な話だったの?」


「ああ、大事。」


私の心まで見るような瞳に、心臓はもうバクバク言っている。


「夏目。」


「……はい。」


少しだけ、体がビクッとなる。


「俺さ、」


「うん……」


私はゴクンと、息を飲んだ。


「結婚するんだ。」


「えっ?」


私は、顔をしかめる。


「結婚、決まったんだよ。来年の6月に、式を挙げる。」


そのまま、時間が止まったような気がした。



「相手は?」


「ウチの会社の受付やってる、神崎愛美って子。」


「へえ……」


確か私達と、そんなに年齢も変わらないはず。


黒髪で、落ち着いた感じの子。



「彼女、しっかりしてんだよ。家事とか一通りできるし。その上、遊ぶ金削って、実家に仕送りまでしてんだぜ?」


周平の口調は、やけに弾んでいた。


「お父さんが早くに亡くなって、お母さん一人で、愛美と弟さんを育てたんだってよ。弟は大学の2年生でさ。」


知らない間に、彼女を呼び捨てにした事に、周平は気付いていなかった。



「結婚すれば、その分家に入れる金も増えるしな。愛美の家族も、少しは楽になるさ。」


相手の事を、自分の事のように考える。


周平の優しさ。


「それにしても、不思議なもんだよ雨の日にさ、俺、傘忘れちゃって。会社の前で雨宿りしてたら、『途中まで一緒に行きますか?』って、愛美が傘を差し出してくれたんだ。」



聞かなくてもわかる。


周平がどれだけ、愛美さんを心の底から愛しているのか。


見なくてもわかる。


周平がどれだけ、愛美さんとの結婚を待ち遠しく思っているのか。



「よかったじゃん!」


私は、周平の肩をポンっと叩いた。


「おめでとう。今度、私にも会わせてよ。」


「愛美を?」


周平は嬉しそうに、驚いて見せた。


「だって見たいじゃない?周平をここまで惚れさせた、ウチの会社の受付嬢を。」


「ハハハッ!!」

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