第2話 写真
ヒロとあたしのウチは、昔から家族も同然。
ヒロのお母さんが早くに亡くなられて、それからは、あたしもあたしの両親もヒロに対してより親密に接するようになった。
ヒロのお母さんは、あたしが憶えている限り、とても強くて優しい人だった。
ある時、ヒロと病院へお見舞いに行った時に、ヒロのお母さんから告げられた。
「チーちゃん。ヒロと仲良くしてくれてありがとうね。もし、おばさんがいなくなったあと、ヒロが悲しんでいたら慰めてあげてね」、と。
あたしは、「うん!ヒロくん、なぐさめる♪」と、何も分かってないのに、おばさんにそう約束した。
そして、おばさんは旅立ってしまった――。
おばさんが亡くなって、言葉の重みをずっしりと実感した。
おばさんと約束したのに、あたしは葬儀の時、おばさんがいなくなってしまったことが悲しくて悲しくて仕方がなかった。
あたしは、ずっと泣いていた。
そんなあたしをヒロは懸命に慰めてくれてた。
見ると、ヒロは泣いていなかった。
ずっとあたしのことを気にかけてくれて、あたしがどうしたら泣きやむのか、そればかりを考えてくれて、
それがとっても嬉しくて、そして嬉しいことが、情けなかった。
ヒロのあの時の【
悲しみを心の奥に追いやって、優しさを上手く表せなくて、辛そうにしている【瞳】。
そんなヒロに、あたしは自分の情けなさを棚に上げて、こう言った。
「ヒロくんは、チーがまもるからね!」……と。
この時は責任感というものから、ヒロの隣にいるという覚悟を決めた。
そのつもりだったのに――。
そんなことを考えていると、ヒロがあの【瞳】であたしを見ていた。
『あたしの表情が、あの【瞳】にさせてる』
直ぐに分かった。昔のことを思い出すと、あの頃から、ちっとも役に立てていない自分に腹が立つし情けなくなる。
その気持ちが出てしまう。
そしてヒロをあの【瞳】にさせてしまう……。
だから、「何よ? 人の顔ボーっと見て。だらしない顔が、ますますだらしなくなってるわよ」と、なんでもないように話しかけた。
実をいうと、ヒロがあの【瞳】をするのが怖くもあった。
「うっせい! 黙ってりゃオレだって、多少はイケメンに見えなくもないんだぞ!」
どうしてって?
「黙ってればね(笑)」
守るって約束したのに、守られてばっかりだから――
「それって喋るなってことじゃねーか!?」
なんの努力も出来ていないあたしだから、ヒロに愛想尽かされて、一緒にいられなくなる日が来てしまいそうだから――
「自分で言ったんでしょ?(笑)」
だから怖い――。
あたしはそのことを頭の片隅からも締め出して、ヒロと一緒にウチに戻る。
あたしは、いつもヒロと自分の気持ちから逃げる。
『あたしは、
心にまた、
お父さん、お母さん、そしてヒロと楽しい食卓を囲み、食事の前には、お母さんの【チヒロヤ】という、ヒロとあたしをまとめた呼び方にいつも通り抗議もした。
でも、実はこの呼び方をされるのが堪らなく嬉しい。
ヒロとひとつでいられる様な気がするから……。
お母さんもそれを分かっているんだろうなと思う。
そんなひと時を過ごしたあと、あたしはお風呂に入ることにした。
「あ、チー。この間、銀の翼12、13巻持って行った?」
「?……あ~!? 部屋にある! 持って行っていいよ」と、借りっぱなしになっていた漫画の行方を知らせて、お母さんの小言が聞こえないフリをしながら、そそくさとお風呂場へ向かう。
「♪~♪~♪――」
脱衣所で今日一日のことや、ヒロとの会話、明日のことなんかを考えていたら、急にポンッ!っと、頭の中に入って来たものがあった。
「……写真」
キャミを脱ぎ終わったところで、鏡に映る自分に向かってぽつりと呟く。
一瞬、ボー然と立ち尽くす――そして、「!」
一目散に自分の部屋を目指した!
脱衣所を出る時、よく分からない思考回路で『武器!』と思い、何故かフェイスタオルを手に取り、束の間、『違う!』と、心のどこかで訂正しながら首に引っかけ、階段に当たり散らすように勢いよく蹴りつけながら二階へと駆け上がる!
「ヒローーーー!」
時間を止めるように、名前を放り投げて向かう!
そしてあたしは、部屋に到達する頃には、自我を失っていた――(汗)。
「見たわね?」
「え″?……(固)」
「見たわよね?」
「……何″を?(震)」
「あんたが今、手に持っているものよ」
「……これが、何?」
「だから、見たんでしょ?」
「……写真?」
「そう」
「……見た」
「……」
「……(汗)」
「……ぃ?」
「え?……」
「……わるい?」
「何が?」
「だから、あんたとのちっちゃい頃の写真、飾ってて悪いかって聞いてんのっ!?」
はっきり言って、ヒロはなんにも悪くない。
ただ、否定されるのが怖かった。
昔のこと、子供の頃のこと、終わったこと――と。
そんなふうに思われたら、言われたら、どうしよう……そればっかりが、頭の中を駆け巡っていた。
「なんで、悪いってなるんだ?」
ヒロが不思議そうに問い質す。
「……だって、気持ち悪いでしょ?」
この時、あたしの中でのヒロの答えは「さすがにちょっと……」というものだった。
「いや、嬉しかったよ♪」
「そーよね。やっぱり気……」
だからヒロの言葉を理解するのに、少し時間がかかってしまった。
「ぇっ!?」
それでも理解できずにいた。
嘘でしょ?、そう思った。
「だって、チーがこんな昔の思い出、大切にしてくれてるなんて知らなかったから」
『大切にしてくれてる……』
あたしの心に真っ直ぐに届く――
「……ぅん」
「これ、ずっとあったのか? 気付かなかったなー」
「ヒロが来る時は、いつも隠してた」
「? なんでだよ? オレにもこの写真くれよ。部屋に飾っておく♪」
ァァッ!? 壊れてしまいそう――!
あたしは、やっとの思いで言葉を絞り出す。
「……ホントに?」
「? うん……もちろん! 大切な思い出じゃん♪」
嬉しかった。留まらないこの気持ちをなんとか悟られないようにしなくちゃ!
だってあたしは、ヒロを【守る】幼馴染なんだから……。
「じゃあ、写真屋さん行って来るね! ていうか、ヒロも一緒に行くよ!?」
「おぅ!(♪)」
という、胸いっぱいの会話をした!……ところまでは良かったのだけれど――
「ところで、チー」
「なに?」
「いいっちゃいいんだけど、なんでそんな恰好なわけ? なぜにおっさんのように首からタオルひっかけて、上半身ブラいっちょなんだ?」
ヒロに指摘されて、自分がどういう恰好で、この時間、この空間を過ごしていたか、否応なしに振り返ることに……
アー、シンデシマイタイ……。
「ヒロ……」
「ん?……エ?……ちょ!? ちょっと待っ――!?」
あまりのことにその矛先をヒロへと向けて、あたしは乙女の渾身の一撃を躊躇うことなく放つ!
「グハーーーーーーーーーーーッ!?」
向こう側へ吹っ飛んでいくヒロと、それと同時に一枚のタオルが「勘弁してあげて……(涙)」というように、儚げに舞い上がり、そして静かに落ちていった――。
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