いつか出逢ったあなた 21st

ヒカリ

第1話 「チャンスよ、佳苗《かなえ》。」

「チャンスよ、佳苗かなえ。」


 英語のノートを写させてもらってると、ふいに頭上でそんな声がした。


「え?」


 顔をあげると、幼馴染の『おーちゃん』が、あたしを見下ろしてた。


「チャンスって?」


「兄貴の居場所が分かったわ。」


「……」


 おーちゃんの言葉に、少しだけ固まる。


「…しょうちゃんの?」


「そう。」


「どどどこ?」


「小森公園の近く。なんでも詩生しおちゃんが住んでるマンションらしいよ。」


「小森公園の近く…」


「ま、頑張んなよ。事務所も一緒になったんだしさ、チャンス多いじゃん。」


「チャンスだなんて…そんな…」


「またまた。毎日弁当持ってってんだって?すごいねえ、愛の力は。」


「お…おーちゃん…」



 あたし、島沢しまざわ 佳苗かなえは…一応、女優だ。


 そして、この「おーちゃん」こと浅香あさか おとは、幼馴染であり、親友。

 さらに、しょうちゃんは、おーちゃんの兄で…あたしの、許嫁。


 親同士がきめた許嫁だけど、あたしは昔からしょうちゃんのことが好きで好きでたまらない。

 ちゃんは、あたしより二つ歳上の19歳で。

 DEEBEEというロックバンドでギターを弾いている。


 去年、高等部に入ったら一年間は同じ校舎、なんてはしゃいでたのに。

 デビューしてしまったDEEBEEに、しょうちゃんのお父さまが。


「あ?学校?辞めちまえ。どーせおまえ、勉強なんてしねぇだろ?」


 って…

 それで、しょうちゃんは高校を二年で中退してしまった。


 でも、今年の春に一人暮しを始めるって聞いて、耳を大きくしてたんだけど。


「兄貴って信じらんない。誰にも言わないのよ、居場所。」


 あたしから見ると仲のいい兄妹であるおーちゃんにさえ、居場所を言わなかった。

 寡黙な人だから、いまいちつかめないんだけど…

 それでも、好き。



「あ、そうだ。」


 おーちゃんが、ポンと手を叩いて。


佳苗かなえ、今度のドラマで拓人たくとと共演だったよね。」


「う…うん。」


「サイン、もらってきて。」


「えー…」


「お願いよお、ね?」


「んー…」


 おーちゃんの頼みだ。

 仕方ない。

 本当は、そういうの苦手なんだけど…


「わかった。」


「ありがとー、佳苗かなえ。」


「いつもノート見せてもらってるし。」


「どんどん見て。」


 おーちゃんがノートを広げまくってると。


「ずっるいな。」


 あたしとおーちゃんの会話に、突然コノちゃんが入り込んできた。


「何がずるいって?」


 おーちゃんがコノちゃんに食ってかかる。


「あたしがちょっとトイレに行ってるすきに、それだもん。佳苗かなえ、あたしにも拓人たくとのサインお願いね?」


「ちょっと、コノ。あんた、佳苗かなえに何かしてやってるの?」


「あら、イトコだもんね。そんな、貸し借り状態になんなくても。」


「も、いいから。わかった。わかってるから…ちゃんと、二人分もらってくる。」


 あたしが二人の間に入ると。


「サンキュー。」


 二人はニッコリ微笑んだ。



 コノちゃんとおーちゃんは、美人だ。

 歩いてると、いろんな男の子が声をかけてくる。

 背は高いし、スタイルだっていい。


 おーちゃんの両親は、共にバンドマン。

 でも、おーちゃんは業界には全く興味がないらしい。


 コノちゃんこと朝霧あさぎり好美このみちゃんは、兄・父・祖父がバンドマンという音楽一家で、あたしとイトコ。(コノちゃんのお父さんと、あたしの母さんが兄妹)


 ややこしいんだけど…

 コノちゃんのお兄さんである希世きよちゃんは、しょうちゃんと同じバンド。

 そして、うちの父さんとコノちゃんの父さん、おーちゃんのお母さんも同じバンド。

 あたし達三人は、まさに…家族ぐるみの付き合いと言ってもいい。



 あたしは…

 せめて160cm欲しかったな…って思わせるほど特徴なくて。

 顔だって、そんなにハッキリした美人じゃない。

 なのに、なぜか女優をしてる。

 とくに、今回はなぜかヒロインだ。

 これぞ七不思議。



 そもそも、あたしとしょうちゃんが許嫁なのは、父さんとしょうちゃんのお母さんが同じバンドにいることから話が始まる。

 父さんがキーボードをしているそのバンドは、SHE'S-HE'Sという有名なバンドで。

 なぜか、身内が多い。

 そして、さらに身内を増やそうとしている。


「あとは、うちと島沢家だけね。」


 これがしょうちゃんのお母さんの口癖。


 そして、当然のようにおーちゃんにも許嫁がいる。

 自他とも認める遊び人のおーちゃんは、いろんな人とつきあって。


「あんな、さえない奴、食えないよねえ。」


 なんて言ってた許嫁、早乙女さおとめそのちゃんと結構うまくいっている。


 あたしは…

 全然、片思い状態。

 しょうちゃんは無口な人で、何を考えてるのか…わかんない。

 あたしがお弁当を持って行くのを、事務所で黙々と食べてはくれてるけど…美味しい、とも…嬉しい、とも…言ってくれない。

 別に、見返りを期待して作ってるわけじゃないけど…でも、やっぱり少しは反応が欲しい。

 しょうちゃんは…あたしのこと、なんて思ってるんだろう。


 手もつないだことない。

 一緒に歩いたこともない。

 こんなので…許嫁だなんて…



「ね?佳苗かなえ。」


「…え?」


 ふいに、おーちゃんの声で我に帰る。


「もう、聞いてなかったのぉ?」


「ごめんごめん。」


拓人たくとに、美人な友達がいるって売り込んどいてねって言ったの。」


「…そのちゃんがいるくせに。」


「別に、いいのよ。あんな奴。」


「…ケンカでもしたの?」


「も、最低。捨ててやるんだ。」


「……」


 こんなこと言いながらも。

 おーちゃんとそのちゃんは仲良し。

 いいなあ…

 ケンカできるほど仲良くて。



「あたしには、そんな許嫁とかいないからね?」


 コノちゃんが、笑顔であたしに売り込む。


「嘘付けー。」


 おーちゃんが、逆襲。


「何よ。」


「まあまあ…いいから。」


「あ、あんた時間ないよ。」


 おーちゃんが机に頬杖ついて時計を見た。


「え?あ、本当。ノートありがと。」


「うん。じゃ、頼むねー。」


 カバンを持って教室を出る。

 今日は午後からドラマのスチール撮影。

 控え室に入る前に、しょうちゃんにお弁当渡さなくちゃ。


 …あーあ…

 早く、恋人同士になりたいな…

 そう思う、島沢佳苗、17歳です。


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 時空列が前後してるので、不可解な事が多いです。

 おまけに相関図が鬼です。

 引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m




 * * *



「お、なんだ。今日の弁当は大きいな。」


 事務所。

 DEEBEEのプライベートルームをのぞくと、イトコの希世きよちゃんがお弁当を見て言った。


「あ…なんか作りすぎちゃって…」


「いいなあ、しょうは。毎日美味い昼飯食えて。」


 希世きよちゃんが、首をすくめる。


 …希世きよちゃんはコノちゃんの上のお兄さん。

 この夏、赤ちゃんが生まれた。

 19歳にして…一児のパパ。

 お相手は、みんなの集いの場『ダリア』の娘さん。

 …身近な人が結婚したら…憧れとか…ないかなあ?

 なんて。

 少し期待もしてる。


 実際あたしは…

 コノちゃんが『あたしの甥っ子、見る?見ちゃう?』って見せてくれた『廉斗れんとくん』の写真で……結婚願望、湧きまくった。


 って。

 全然進展ないクセに…ね。



「あ、じゃ…あたし仕事に…」


しょう、そんなとこ座ってないで話してけよ。」


 希世きよちゃんがしょうちゃんに言ってくれたんだけど。


「…何を。」


 そんな低い声が返ってきて、あたしは。


「あ…い、いい。もう時間ないから…」


 希世きよちゃんに手を振って駆け出した。



 …ふう。

 わかってはいたけどー…少し期待しちゃったな…

 しょうちゃん…何か…声かけてくれるかな…なんて。

 …見返りなんて、期待してないって自分で言い聞かせてるものの。

 やっぱり…どこかで期待しちゃってる。



 だって、しょうちゃんのバンド…DEEBEEは。

 突然人気が出始めたから、あたしは…不安。

 しょうちゃんは、背が高くてカッコよくて…きれい。


 ただ、おーちゃんが言うには。


「性格に問題ありよ。」


 なんだけど…


 あたしには、小さい頃のイメージしかなくて。

 毎日、こうやって冷たくあしらわれても…好き。



佳苗かなえー、遅いよ。」


 あたしのプライベートルームの前。

 マネージャーの田村さんが手を振ってる。


「すみませーん。」


 息を切らしながら、考える。


 明日のお弁当…どんなのにしようかな…。





 * * *



「よろしくお願いします。」


 スチール撮影。

 今回の役柄は、片思い中の高校生。

 相手は、今をときめく俳優片桐かたぎり拓人たくと

 あたしは、彼に片思いをする役なんだけど…

 その設定が、恐ろしいほど今のあたしの状態に似ている。


 幼馴染で歳上の大学生。

 周りには公認の仲って冷やかされるものの…いつも冷たくあしらわれてるっていうのが現状。

 何だか…今の自分にかぶり過ぎてて、三話目までの台本を読んだ時は苦笑いをしてしまった。

 せめてドラマの中でだけでもハッピーエンドになれればいいけど…



「はーい、じゃ拓人たくと君、そっぽむいてー。」


 ギンガムチェックのスカートの制服。

 桜花とは違う制服。

 何だか新鮮だなあ。


佳苗かなえちゃん、拓人たくと君の背中を見つめてくれるー?」


「あ、はい。」


 指示された通り、あたしは片桐かたぎりさんの背中を見つめる。

 …切ないなあ…

 そう言えばあたし、最近彰しょうちゃんの顔を正面から見たのって、テレビと雑誌だけだ。

 事務所では…いつも横顔と後ろ姿だけ…。



「はい、いいよー。じゃ、違うカット。」



 …あたしが女優になることになったのは…

 小学生の時の学芸会がキッカケ。

 若草物語の三女役をやったあたしに、しょうちゃんが一言。


「女優にでもなれば。」


 その言葉は、将来の夢っていう作文がいつも書けなくて悩んでたあたしにとって、『神のお告げ』以外の何物でもなくて。

 そのお告げ以降、あたしは女優を目指してここまできた。



「はーい、じゃ、ちょっと抱き合ってくれるー?」


 ……


「だっ…抱き合う?」


 声が、ひっくり返ってしまった。

 スタジオは一瞬爆笑の渦になったけど。


佳苗かなえちゃーん、仕事だからね?」


 カメラさんの声で、少しだけ冷たい笑いになった。


「は…はい…」


 情けない。

 そうよ、仕事だもの。

 色んなことがあるに決まってる。


 今までのドラマでは、あたしは誰かの妹役って設定が多くて。

 当然ながら…抱き合うなんてシーンは一度もなかった。


 だけど、主役に抜擢された…って事は。

 今までの殻を破らなきゃいけないし、そういうチャンスだとも言える。



「よろしく。」


 片桐かたぎりさんが優しく笑いながら、あたしの肩にそっと手を掛けた。

 少しだけ鳥肌がたってしまったけど…仕事仕事。


 この際だから…しょうちゃんを思い浮かべようかな…これぐらい、いいよね…?


 …ちょうど、同じくらいの身長かな…

 そっと、目を伏せて…片桐さんの胸に体を預けると。


「……」


 なぜか、周りが静かになってしまった。


「?」


 不審に思って目を開けると。


「あ、ああ!ごめん。もう一回、今みたいな感じでねー。」


 シャッターがおりる音。


 あたしは目を閉じたまま…男の人の胸って、広いなあ…なんて。

 そして、これって、しょうちゃんと恋人同士になった時の練習だと思えば…なんて。


 ボンヤリと、そんなことを考えていた…。

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