好きな食べ物は野菜チャンポン
@sakuranohana
第1話 好きな食べ物は、野菜チャンポン
「ねえママ!
ママは、パパが作る料理の中で、一番何が好き?」
娘の麻耶が、私に甘えた声で問いかけた。
「うーん。やっぱり野菜チャンポンかなー」
「どうして野菜チャンポンなの?」
「それはね――」
――――
初対面の亮平の印象は、最悪だった。
大学のインカレサークルで出会った当日、亮平は、私よりも三学年年下の一年生だった。
出会った場所は、忘れもしない、新入生歓迎飲み会が催された、激安居酒屋で有名な「三九」だ。
元々うちのサークルの中で、チヤホヤされる女子部員は、年齢の若い順。
四年生女子部員(通称四女)である我々は、新入生にタダでお酒を振る舞うための財布扱い。
――一万円も出してわざわざ男子部員からディスられるために新入生歓迎飲み会に参加するなんて。嫌だけれど、皆参加するのに、自分だけ行かないのも悪いかな。
気乗りしないまま、義務感だけで参加した新入生歓迎会飲み会。
その飲み会で私の目の前に座った男が、亮平だった。
「里香さんて、四年生の割にはすごく綺麗ですね」
開口一番に言いはなった、亮平の一言に、私の顔は少し引きつった。
「四年生の割にはってどういう意味?」
怒りをこらえて、かろうじて切り出した私の声は、少し震えていたと思う。
「いやー!だって四女は生ける屍だって、さっき、入り口でサークル代表の飯田さんが言ってましたもん。里香さん、屍の中で断トツ綺麗ですよ!」
――やっぱりディスられた。
しかも、初対面の新入一年生にまで失礼なことを言われなければいけないの?
本っ当に腹が立つ。――
思わず、手にしている、ズッシリと重いビールジョッキを、垂直に亮平の頭に振り下ろした上で、その後、そのビールジョッキを、飯田の顔面に目掛けて投げつけてやりたい衝動にかられた。
そんな私の怒りに全く気づいていない様子の亮平は、出身高校や、先月受験した大学入試の際のエピソード等、自分語りをし始めた。
私は、もう亮平の顔を見たくない程、頭にきていたので、さっさと他の席に移った。
帰り際に、亮平は再度私のところに現れた。
「どうして、他の席に移ったんですか?俺、里香さんと話したかったのに。二次会こそ、一緒に飲みましょう!」
頬を赤く染め、呂律が回らない様子で、話しかけてくる亮平。
私は、そんな亮平を一瞥すると、冷たく言い放った。
「私、二次会には行かない。もう帰るの」
「え!じゃあ俺も帰ります!一緒に帰りましょうよ。せめて駅まで」
そう言って、亮平は無邪気な笑顔を向けた。
「え」
何と言って断ろうかと必死で考えていると、亮平は、私の腕に手を引っ張り、先に歩きだした。
予想外の展開に頭が混乱しつつも、手を掴んでいる相手が嫌な奴であることには変わりがない。
「ちょっと!分かったから、一緒に帰るから、手を離して」
そう言って、私は無理やり亮平の手を振りほどいた。
「はい。分かりました。突然すみませんでした」
ただの生意気な新入生だと思っていたが、意外にも素直なところがあるようだ。
「ところで、里香さん!彼氏はいるんですか?」
亮平は、少し、目を伏せながら問いかけてきた。
「唐突だね。彼氏はいるよ」
自分のタイプの男性から同じ質問をされた場合、もう少し焦らす等して、ミステリアスな女を演じるが、失礼な言動ばかりの亮平に対しては、そんな気持ちなぞ、一ミリも沸かなかった。
「彼氏、いるんですね」
亮平は、何故だかショックを受けたような、悲しそうな顔をしている。
散々私に対して失礼な言動をしておきながら、全く意味がわからない。
そうこう言っている内に、最寄りのターミナル駅に着いた。
「駅まで、という約束だったよね。
それじゃ、バイバイ」
そう言って、私が足早に立ち去ろうとすると、亮平が私の手を掴んだ。
「待って!メールアドレスを教えて下さい!」
亮平は、真剣な表情をしていた。
薄暗い居酒屋ではよく見ていなかったが、真昼のような明るさのターミナルの明かりの下で、初めてまじまじと亮平の顔を見る。
私は、亮平が、意外にも整った顔をしていることに気がついた。
亮平の勢いに押され、思わずメールアドレスを交換してしまった。
翌日から、毎日欠かさず亮平からメールが届くようになった。
「里香さん、おすすめの楽勝科目教えて下さい。受講者全員に成績Aをつけてくれるような教授の科目が良いです」
「そんな神様みたいな教授、いるわけないじゃん」
「探せば絶対いるって!諦めたらそこで試合終了ですよ!」
「それじゃ、自力で頑張って探してね」
亮平との、そんな他愛ないやりとりは、意外と楽しかった。
付き合って三年になる、彼氏の玲とは対照的だった。
社会人二年目の玲は、仕事が忙しいらしく、週に一度、デートどころか、メールのやり取りがあるかどうかすら、怪しい状態だった。
そんなある日、SNSで、玲がタグづけをされている写真を見つけた。
社内の同期の飲み会で撮られたと思われる集合写真。
薄暗くて分かりづらいが、玲が、華奢な美女と手を繋いでいる姿がはっきりと写っていた。
ショックではあったものの、最近の玲のそっけない態度から、何となく玲の心変わりを感じていた。
そのため、やはり、との思いの方が強かった。
震える手で、すぐさま玲にメールを打った。
「他に好きな人ができたなら、ちゃんと言ってよ。別れよう」
とメールを送った。
今迄、どんなに待っても、なかなか返事を寄越さなかった玲から、すぐにメールが返ってきた。
「今までちゃんと言えなくてごめん。別れよう」
――玲、ズルいよ。
玲のメールを見たら、涙がポロポロと溢れてきた。
自分のプライドを守るため、物分りの良い女を演じてはみたけれど、自分の感情に蓋をするのは難しい。
そんなタイミングで、亮平からメールが届いた。
「こんばんは!
何だか今日は(も)里香さんと話したい気分です。
もし良ければ電話くれませんか。
前も書いたけれど、俺の電話番号は、xxx-xxxx-xxxx です。
里香さんの電話番号を教えてくれれば、こちらからかけます!」
いつもの私ならば、何だかんだ理由をつけて断るのだが、今夜は亮平の好意に甘えたくなった。
気付いたら、電話の通話ボタンを押していた。
呼び出し音が殆ど鳴る間もなく、亮平は電話に出た。
「もしもし」
「――亮平くん?」
「里香さん!?今日も断られると覚悟していたから、電話くれるなんて、嬉しいです!」
「…」
「…もしかして、泣いてます?」
「ごめん…。こんなときだけ電話するなんて、ズルいよね…」
「里香さんの最寄り駅、xxx駅ですよね?俺、今から行きます!5分で着きます!
xxx駅に着いたらまた電話します!」
そう矢継ぎ早に告げると、亮平はプツリと電話を切った。
その代わり、メールで、可愛いスタンプが、送られてきた。
涙でにじむ窓辺を呆然と眺めていると、ピリリ、と携帯電話が鳴った。
すぐに出ると、
「もしもし、私、亮平さん。
今、xxx駅の改札にいるの」
と、亮平のおどけた声が聞こえた。
不意をつかれた私は、思わず笑ってしまった。
「それ、怖い話のパクリだよね。
とりあえず、今から駅の改札へ迎えに行くね」
「はーい!ありがとうございます」
駅の出口の前に亮平は立っていた。
髪が少し濡れていた。
「ごめん、お風呂に入った後だったのに、わざわざ来てくれたんだね。もう夜遅いもんね」
私は、亮平に反射的に謝ってしまった。
すると、亮平は私の手を握って、にっこりと笑った。
「どうして里香さんが謝るんですか?
俺が来たくて来たんです。お土産も持ってきました。もし嫌でなければ、里香さんのお部屋で一緒に食べましょう。元気になりますよ」
そう言って、亮平は、ズッシリと重そうなスーパーの袋を持ち上げた。中から長ネギが覗いている。
「え?長ネギ?何だかお母さんみたいだね」
亮平に釣られて私も、笑顔になった。
亮平は、涙でグシャグシャになっていた私の顔を、タオルでふくと、私と並んで歩いた。
私の部屋に着くと、亮平は
「台所お借りして良いですか?」
と言って、料理を始めた。
台所から、トントンと野菜を切る音が規則正しく聞こえてくる。
料理の腕前は、きっと私よりも彼の方が上だ。
5分ほどして、亮平は、野菜チャンポンを二人分、リビングへ運んできた。
白湯の美味しそうな香りが鼻をくすぐる。
二人でちゃぶ台を囲み、頂きます、と手を合わせた。
「美味しい!亮平くん、料理が上手なんだね」
ズーンと鈍痛が続いていた心が、少し、軽くなった。
「里香さんに喜んでもらえて良かった!
俺、自分が落ち込んだ時、いつも野菜チャンポンを食べているんです」
野菜チャンポンでお腹が膨れ、一息つくと、亮平が改まって、こちらに、身体を向けた。
「里香さん。
里香さんの不幸につけこんで告白するのはルール違反なのかもしれないけれど。
俺、里香さんが好きです」
「不幸って何。
私、何があったか、 まだ亮平くんに話してもいないのに」
「里香さん、彼氏と別れたんでしょう?
そうでなければ、里香さんが俺に電話してくれるわけ、ないもん」
真っ直ぐに私を見つめる亮平の眼差しが、私の心を突き刺す。胸が、チクンと痛む。
「…亮平くんの気持ちに甘えてごめん。私、自分勝手だよね」
「俺は、里香さんが好きだから、どんな理由であれ、里香さんに甘えてもらえて嬉しいです。
今はまだ、俺のことを好きでなくても、これから俺を好きになって貰えませんか?」
「…」
「努力さえしてもらえれば、結果が伴わずとも構いません」
「何それ。それ、斬新だね」
「俺も、今まで里香さんに猛プッシュばかりでしていたので、反省しています。
今後は駆け引き等を取り入れ、里香さんを一時的に不安にし、俺のことが一気に好きになるよう、努力を尽くします」
「駆け引きって、最初にバラしちゃうと意味が無いような」
「あ!ミスった」
そう言うと、顔を見合せて、二人で笑い合った。
これから、楽しい毎日が始まりそうな予感がした。
幸い、その予感は的中した。
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