相性いいみたいだよ

天鳥そら

第1話占いあたらないじゃん

「はずれたー!!」


勢いよく飛び込んできたのは、セーラー服を着た女子学生。平内隆は、ゆっくりと間をとって威厳たっぷりに女子学生を見つめる。怒り狂った頬は赤く、息を切らせて走ってきたせいか、肩までのウェーブがかった黒髪が汗で張り付いていた。


「落ち着いてください」


両手を重ねて重々しくうなづき、目の前の椅子に座るよう促す。女子学生は慣れた動作で椅子をひくと、どっかりと座って足を組んだ。


「平内さんのの言った通りに、告白したけれど、フラれたわよ」


「どうせ、フラれるからかまわないと言っていたじゃないですか」


「うまくいった方がいいに決まってる!」


両手の握りこぶしをだんっと机に叩きつけてから、痛そうに顔をしかめる。隆は大きくため息をついた。しばらく鼻息荒く何度も吸って吐いてを繰り返してから、がっくりと肩を落とした。


「落ち着きましたか?」


「少し」


ここはあるデパートの占い館の一室。平内隆は占い師として土日と平日の水曜日に占いを提供している。得意分野はタロットと西洋占星術だ。そこそこあたるという評判で、休日であればそこそこ列ができている。百発百中とはいかないまでも、そこそこお客様の幸せに貢献してている。


目の前に座る女子学生は中学生、最近受験戦争を潜り抜けて新しい高校生活を待つばかりだった。相談を受けるようになったのは1年ほど前。恋愛から学業、はては友達や家族のことまで、得体のしれない男の占いを信じて色々打ち明けてきた。高校選びや対人関係のアドバイスが効を奏し、どうやら満足してくれているようだった。


「なんで、恋愛だけ外れるのよう」


目の前の女子学生がぽつんと呟く。前回の占いでは告白したら成功するかどうか、相性や想いを伝える時期をアドバイスした。占いでは相性も良かったし、話を聞く限りでは仲も良さそうだった。本人もうまくいくだろうと思っていたので、ダメージも大きかったのだろう。


「面目ない」


「八つ当たりしてごめんなさい」


ぶすっとした顔つきでも、隆に悪いと思っているのか決まりが悪そうにちらちらと見ている。隆は占い師をはじめて早五年。いろんなお客をみてきたし、もっとひどい言いがかりをつけられたこともある。これぐらい大したことがない。


「今回は何を占う?」


「私に合う人とか、高校で彼氏ができるかとか。そういうこと」


「わかった。新しい出会いだね」


今までにも何度も占っているから、詳しく情報を聞き出さなくてもよかった。


「年上と縁があるんじゃないかな」


「高校の先輩とか?」


「そうだね。大学生ともうまくいくかもね」


「え~?同級生が良いな」


どうやら機嫌が直ったらしい。くすくすと笑っている様子に隆はホッとした。


「恋人候補はすぐ近くにいるね」


「うっそだ~。また外れたんでしょ」


けらけらと笑いながらも、だんだん真剣な表情になっていく。女の子は恋愛話が大好きだ。


「今までと違うタイプも視野に入れてごらん」


「今までと違うタイプ?」


「君は秀才が好きだ。眼鏡をかけてて、そつなく物事をこなす完璧タイプ。この前、相性を見た男がそうだっただろう」


「真逆のタイプとか?」


眉間に皺を寄せて考え込む様子に笑みをこぼす。必死になって身近にいる男で秀才タイプじゃない男を考えているんだろう。


この1年何度も通ってこうして、自分の占いに耳を傾けてくれる。あたったり外れたりしながらも、信頼を寄せてくれるのが嬉しかった。最初はカチコチに固まっていたのに、今では隆を怒鳴りつけるほどだ。タロットカードを取り出して、必要なカードをいくつか引いてもらう。そうしてから西洋占星術の結果とあわせてみる。


何度も何度も占って何度も話をしてきた。占い師の自分が占いの結果を疑い、何度も占い直すほどに。


「俺……とか」


タロットカードをぱらっとめくり、目の前の女子学生に隆は微笑む。


「なんでかね、俺と君の相性がすごく良いんだよ」


「……うそ」


「外れてるかもね」


ごんっと音をたてて女子学生がおでこをテーブルに打ち付ける。そのままうめくように言った。


「え~。おじさんじゃん」


「25歳だとおじさんになるかな」


がばりと起き上がってこちらを真剣に見つめる。打ったおでこが赤くなっている。


「ずっと、私のことそういう風に見てたわけ?いつから?」


「相性が良いのに気づいたのは偶然だよ。気になっているのはウソじゃない。ただ……」


年が離れすぎているという言葉をなんとか飲み込んだ。これでも隆はプロの占い師として接してきたし、これからもそうしようという気構えだった。


「ま、選択肢のひとつだね」


「ありえないし」


「それぐらい、視点を変えて見てごらんってこと。」


タロットカードをぱらぱらっとめくっていくと、過去の暗いイメージが明るい未来へのプロセスへと変化していく並びだった。未来にあたるカードを手にして笑う。


「いいんじゃないかな。高校の先輩とか」


手を組んで女子学生の目の奥を覗き込むと、またがっくりと頭をたれた。


「やられた~。だまされた~。今ちょっと嬉しいとか思ったのに~」


隆がうまく女子学生の気をそらせるための、テクニックのひとつだと勘違いしたようだった。隆は訂正することもなく肩を叩く。


「そろそろ時間だよ。またのご来店をお待ちしています」


「もう、来ないかもよ~」


そう言いながら立ち上がって、隆の方をじっと見つめる。どうしたのかと目線で問うと、目の前の女子学生がぽつっとこぼした。


「あのさ、何で私がここにずーっと通ってるか、考えたことある?」


「君が占いが好きで、俺がそこそこ君の悩みに答えられたからだろう?」


タロットカードをまとめて、一つにすると二つの山にわけた。タロットカードの1枚引きだ。手持無沙汰だとついやってしまう、隆の癖だった。


「最初に会った時、カッコいいって思ったんだよ」


隆の手が止まる。今まで親身になって相談に乗ってきた。同じお客さんが頻繁に訪れることはあっても、やっぱり通い続ける人は少ない。常連の一人だと隆は喜んでいた。顔をあげると、女子学生は片手をテーブルの上にばんっと音をたてて置く。気づくとすぐ目の前に真っ黒な瞳が迫ってた。


「平内さんの占い、私との相性の話ね、信じてあげる」


「君、さっきありえないって」


「もう、時間なので、また今度来まーす」


次会う時までに考えておくようにと言って、出て行った。扉がぱたりと閉まり、静けさが隆を包む。隆はおでこに右手をあてた。


「参ったな。どうしよう」


そう言いながら頬が緩むのがとめられない。しばらくぼんやりとしてから、次のお客を迎えるためにテーブルの上をウェットティッシュで軽く拭く。


「まずいよねぇ」


隆の答えはタロットに答えを求めるまでもなく決まっていた。次に来るのはいつになるのか、楽しみに待つことにした。


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