腐令嬢、萎え植えす
「クラ……じゃなくて
リゲルと見つめ合い、至極のひとときを味わっていた私だったが、前世の名前が耳に飛び込んできたせいで現実に引き戻された。
声の主は言うまでもなく、イリオッサンな
「リゲルさんとイチャイチャ……じゃなくて仲良く戯れて、愛を確かめ合う……じゃなくて友情を深め合うのも僕的には永遠にやってくれと叫びたいところですが、早く帰らないと! 花火が終わってしまいますぞ!」
橋の下からタイムリミットを訴える奴の叫びに、私は飛び上がってお面を被り直した。
「やっば! ごめんリゲル、もう帰らないと! 実はこっそり抜け出して来ちゃったんだ!」
「あれ、もしかしなくてもイリ……いえ、エミヤ様ですか? 変装しなきゃこんなところに来られないっていうのはわかりますけど、ブッサイクな被り物のせいで逆に悪目立ちしてますよ……何で敢えてあんな変なの選んだんでしょう? イカれたセンスといい奇怪な動き方といい、お二人には妙に似たところがありますよねぇ」
早く降りて来いと体文字で訴える江宮ッサンを見下ろし、リゲルが静かに溜息をつく。
あんなのと似てるって言われた! ひどい、傷付いた!
「あっれぇ、もしかしてリゲルちゃぁん!? こんなとこで会うなんて、きっぐーう!」
さらに、馴れ馴れしく呼びかける声が飛んできて、私とリゲルは唖然として固まった。
両手を振りながら近づいて来るそいつが、オッサンヘッドと対になっていそうなオバハンヘッドを被っていたことにドン引きしたからじゃない。声音からその相手が、クロノ第二王子殿下クソ野郎だとわかったからだ!
何であいつがここに!?
って、ますますやばい! バレたらクソ面倒なことになる!
「クロノ様のことはあたしに任せて、クラティラスさんは行ってください。お急ぎなんでしょう?」
リゲルはそう言って私の背中を押した。
幸い、混み合っているせいでクロノはこちらに向かおうとするも四苦八苦しているし、お面のおかげで私の存在にもまだ気付いていないようだ。
「ごめん、リゲル! 明日はお詫びとして、リゲル好みに受けの乳首塗るね!」
「ありきたりなベビーピンクじゃ許しませんよ! ちょっとこなれた淫靡さが漂う、ダスティローズでお願いします!」
リゲルの返事に頷くと、私は人の隙間を縫って橋を降りた。これでも元ハンドボーラー、しかも攻撃特化だったんだから当たりには強い。
「大神さん、急ぎますよ! 名残惜しくて離れがたいのは全僕が全同意ですが、花火が終わる前に部屋に戻らなくては! ああくそ、もっと見たかったなぁぁぁあ!!」
元来た道を駆けながら、イリオス江宮は心底悔しそうに雄叫びを上げた。
まあ気持ちはわかる。さっきのリゲル、普段の可愛さに輪をかけてよりをかけて拍車をかけて可愛かったもん。
おかげで私もグラッとしかけたよ……イベントでのヒロインの魅了攻撃パワー、パネェな。攻略対象側の感覚ってやつを、身を持って体感したわ。
リゲルが橋の上で発見したのは、私だった。
てことは現時点で、リゲルの好感度が一番高い人物は私……ってことになるよね?
「大神さん、どうしたんですか? 急にニヤニヤして」
「いやー、今日のリゲル可愛かったなーと思ってさ。江宮もそう思うっしょ?」
忍び込んだ旧校舎の廊下を、隣り合って走る江宮に、私は笑顔で問いかけた。
来る時は死ぬほどビビッてたのに、今は全然怖くない。イベントをやり遂げた達成感と良いものを見れた満足感の為せる技……ってのもあるけど、外で前世の名前を呼び合っていると、これとよく似た状況があったことを思い出して。
江宮と初めて会って、初めて口をきいて、初めて言い合いしたあの日――見回りしてた先生に教室を追い出されてから、今みたいに廊下を走りながら好きなゲームトークした。
ついさっきまでカプ論で揉めてたのに、そんなこと忘れるくらい趣味が合うってわかって、それで昇降口で連絡先交換したんだっけ。江宮はちょっと渋ったけど、軽く押しただけですぐ折れたから、そんなに嫌だったわけじゃない……と思う。
「確かに、リゲルさんも可愛かったと思います。でも僕は、隣の大神さんの方が可愛く見えましたよ。浴衣でポイント底上げしてるというのもあるんでしょうけど、やっぱり大神さんがこの世界で一番可愛い……」
江宮はそこで、はっとしたように口を押さえた。
「いやちが! その、これは! そうほら、あれです!」
「わ、わかってる! わかってるから喚くな! 警備に気付かれたらどうすんだ、バカ江宮!」
狼狽える江宮を叱り付け、私は通路である白百合支部の部室へと急いだ。
私のことじゃなくてクラティラスのビジュアルについて言ってることくらい、ちゃんと理解している。
でも前世の名前で可愛いなんて言われたら……ほら、ねえ!? 何というか、ねえ!? 気恥ずかしくなるものじゃん、ねえ!?
今ほど暗闇と仮面に感謝したことはない。
無駄に赤面してるのがバレたら、これからずっと顔面を赤く塗って『あの夜からこういう顔色になっちゃったんです』とでも言い続けて誤魔化さなきゃ、恥ずかしくて江宮と顔合わせらんなくなるよ!
無事、白百合支部の部室から王宮のイリオスの部屋へ戻り、ほっと一息ついたところで扉をノックされた。
「失礼します。花火が終わりましたので、お茶をお持ちしました」
カートを押し、ステファニが室内に入ってくる。
ふおお、間一髪だったな! ほええ、助かりましたですぞ! とイリオスと目でハイタッチし合っていたら。
「おや、今年は仮装で花火鑑賞を楽しまれたのですね。まだしばらくお時間はありますので、余韻に浸りながら語らってください。しかしそのキモかりしことこの上ない仮装でイチャイチャできるとは、お二人の愛は本物……というより、似た者同士のド変態なのですね。双方男と仮定しても、私には到底萌えられません。完全無欠の萎え案件です」
さらっと失礼なことを抜かしてくださったがな。ステファニにまで似た者同士扱いされてもうたやないかい!
彼女が出ていくと、私はプルトナ面を外してイリオスにソイヤー! の掛け声と共に叩き返した。
「お前がこんな変なお面選んだせいで、ステファニに萎え植えしちゃったじゃねーか! こんなゴミクソダサすぎ警報炸裂のブサ面、着けさせやがって! お母様といい勝負だよ、このオショレー・ヌーボー!」
「あんたん家の猫にソックリだから選んだんですよ! あーそう、こっちの方が良かったですね!? クロノ様からお借りしたんで、ランボー・アバレンボーで知能レベルはアカンボーなクソウル
そう言って、イリオスもオッサンヘッドを私に投げ付けてきた。さっきは可愛いと言った舌の根も乾かぬ内に、これだよ!
「誰がこんなもん被るか! お前が被っとけ! ずっと被っとけ! 永久に被っとけ、ソイヤー!」
「あんたがプルトナさんの上にこれを被ればいいんですよ! あっという間にプルクラリョーシカの完成ですぞ、ソイヤー! ソイヤー!」
「プルクラとかふざけんな! 何で私が右側表記なんだよ!? 私は夢妄想でも左固定だ、ソイヤー! ソイヤー!」
「プルクラもクラプルも興味ないんで! どっちでもいいんで! 僕はリゲルたんとクラティラス嬢の微百合が見られればいいんですよ、ソイヤー! ソイヤー!」
「勝手にニラニラ眺めるな! カプ相手もなく一人ョーシカになって二度とこっち見るんじゃねー、クソオタイガー! ソイヤー! ソイヤー!」
「見られたくないしリゲルさんとイチャつく予定もないってんなら、あんたの方こそ一人ョーシカでオブジェ化すべきでしょーが、クソウル腐! ソイヤー! ソイヤー!」
そうして時間いっぱい、私とイリオスは何の身にもならない幼稚な罵り合いをしながら、お面と被り物を投げ合い続けた。
随分と乱暴に扱ったけれども、デブ猫面もオッサンヘッドも随分ととてつもなく頑丈なようで、どちらも凹んだり壊れたりすることはなかった。どこぞの精霊さんに似ているせいかもしれない。
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