腐令嬢、新王子に会う
青い空に、濃い緑の葉と赤い花、そして白い建物が鮮やかに映える。
お昼過ぎに王宮に到着した私は肌を苛む熱気も忘れ、日傘とカンカン帽のフレーム越しにその館を見上げた。
長らく使われていなかった離宮と聞いていたので、本宮殿から遠い場所にぽつんと佇むOBKが出そうな荒れた古い館を想像していたけれど、実際に案内されたのは南国のお城みたいに華やかな建物だった。
おまけに、離宮というほど離れてもいない。宮殿とは庭園を一つ隔てているだけだ。
聞けばここは、セリニ様のお部屋の一つとして用意されたのだそうな。しかし一度も彼女には使われないまま、そして他に使う者も現れないまま、手入れはしつつも放置されていたらしい。
私の世話を仰せつかったという王宮所属の年増の侍女は、ツンツンした態度でそういったことを教えてくれた。
もしかしなくても、私は歓迎されていないようだ。
侍女は王宮側で用意するから必要ないと言われて二名の護衛しか連れてこなかったけど、こんな神経質そうなツンレディをあてがわれるんならイシメリアが良かったな……。
とはいえ、大喜びで歓迎してくれる者もいる。
「クラティラスさん、ようこそです!」
「クラティラス様、お待ちしておりました!」
荷物を置いて、テラスでお茶を飲んで一息ついていると、庭園の方から数名の護衛と侍女を伴い、慣れ親しんだ顔が手を振りながら近付いてくるのが見えた。
「イリオス! ステファニ! ……っと、ええ!?」
二人の後ろから、さらに見知った人物が一人、そっと付いてきている。
違う……一人じゃない、二人だ!
「アフェルナ!」
それが誰かわかるや、私は椅子から立ち上がった。
イリオス達と共に、人目を忍ぶようにやって来たのは、アフェルナ・ドニース・アステリア妃殿下――三年前にイリオスの兄で第一王子であるディアス殿下に嫁いだ、私の
そして、今は。
「クラティラス、久しぶりね。どうしてもあなたに会いたくて、この子に会ってもらいたくて、抜け出してきちゃった。こちら、アダリス。私の息子よ」
数ヶ月前に母となったアフェルナはふくよかな頬を綻ばせて嬉しそうに笑い、己の腕に抱く赤子を紹介してくれた。
「ぎゃー! ぎゃん可愛い!! アダリスきゅぅん、ママのお友達のクラティラスだよぉぉ? よろしくねぇぇ?」
猫撫で声を上げながら、私は赤ちゃんを覗き込んだ。
アステリア王族に受け継がれるという銀髪は、まだちょろっとしか生えていない。でもそれも可愛いの。おててもちっこくて、可愛いの。目もまだ開いてないみたいで、でも睫毛が長くて可愛いの。ぷくぷくのほっぺも、ヨダレで濡れたくちびるも、可愛いったら可愛くて可愛いの限界突破なの!
アダリスきゅんが日焼けしたり、暑さで具合が悪くなったりしては大変なので、私はとにかく皆に中へと入ってもらった――のだが。
「全く……やはり王家に嫁ごうと、下賤の根性は変わりませんわね。未来の王太子殿下を、己の勝手な判断でこのような者のもとにお連れするとは。一爵とはいえレヴァンタ家といったら、過去に内部崩壊して無残に落ちぶれたことのある、曰く付きの一族ではありませんか。スタフィス王妃陛下に、改めて進言させていただかなくてはなりませんね」
お茶を淹れながら、独り言に見せかけて侍女が聞こえるように嫌味を言う。アフェルナの苦笑いから窺うに、いつものことらしい。
「だったら、その願い、叶えてさしあげますわ」
なので私も笑顔で、痩せぎすの侍女の背中に告げた。
「スタフィス王妃陛下に謁見なさりたいのでしょう? 私からもお願いしてみます。私一人の力では無理でしょうけれど、アフェルナからディアス殿下を通じて伝えていただければ、希望は通るかと思いますわ」
「い、いえ、謁見を求めたわけでは」
侍女が慌てて振り向き、言い訳しようとする。私はつかつかと彼女に歩み寄り、紅茶の注がれたティーカップを一つ手に取った。
「はっきり言われないとわからない? 消えろと言っているのよ。まだ理解できないというなら、これを落として叩き割って、追い出さなくてはならないかしら? あなたがわざとやった、私を怪我させようと企んでいたようだとここにいる皆に証言してもらえば、お互いに二度と顔を合わせなくて済むでしょうし?」
高価そうなティーカップを見せ付けるように掲げてみせると、侍女の顔色が変わった。
「お、おやめください! このティーセットは伝統ある貴重なもので……!」
「あらそう。とても大切なものなのね。だったら余計に壊されたくないわよね。なら、とっとと失せなさい。あなたはもう、こちらには来なくていいわ。身の回りのことは、ステファニにお願いします」
「ああ、僕もそれを提案しようと思っていたんです。側近代行は、オリオにでもお願いしますよ!」
イリオスも、とびきりの笑顔で言う。
こいつ、悪役令嬢モードなクラティラス様にまた萌えやがったな。いつも萌えてる時は鼻の穴がものっすごく膨らむから、バレバレなんだよ!
侍女は震えつつも、悔しそうに歯噛みした表情を最後っ屁代わりに見せ、部屋から出て行った。
スタフィス王妃陛下に告げ口してやるぅーとか抜かしてたが、できるもんならやってみろっつーの。王妃陛下ともあろう御方が、侍女一人の私情塗れなショボい愚痴なんざいちいち聞いてられっか。
んな暇あったら、この可愛い可愛い孫と遊ぶ時間に費やすだろうよ!
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