腐令嬢、闘志に燃ゆ
けれどそれ以上に、私には気になる要素があった。
「待って、静の聖女は? イリオスの言い分だと、冬休みのバトルイベント時点では生きてたけど、そのラノベでヤバい事態になるからには後で死んじゃうってことだよね? ゲームにはそんなキャラクター……」
はっとして、私は口を閉じた。
一人だけ、合致する者がいる。ゲームの終盤、そいつは自殺に見せかけて殺される。そしてその後、この国は――世界は荒れる。
そう教えたのは、イリオスだ。
「…………そうです。あなたが、クラティラス・レヴァンタこそが、静の聖女なんです」
言葉を失う私にはっきり宣告すると、イリオスは隠し持っていた本を床に置いた。こちらは最初に差し出された本より古いらしく、触れるだけで崩れそうなほどボロボロだった。
「クラティラスが静の聖女だということは、ラノベで明かされていたので僕も知っていました。能力については『存在するだけでその地の平和が保たれる』ということは明かされてましたが、それ以外はほとんど触れられていなくて……それで春休みに入ってすぐ、国王陛下の許可を得てヴォリダ帝国に行ってきたんです。あちらの国にも『聖女に似た存在がいた』らしいので、それを詳しく調べれば何かわかるかもしれないと思って。そこでこの本を発見し、ペテルゲ様にお願いして秘密裏に借りてきました」
ゲーム最推しの攻略対象の名前が出てきたけれど、それどころじゃなかった。イリオスが丁寧に開いたページの一文に、目も心も釘付けとなっていたからだ。
『鎮守の女神に選ばれし者は精霊の加護により不死となり、その肉体を最良の状態に保たれる』
慌てて表紙を見る。そこには『ヴォリダ帝国史』と、実にシンプルなタイトルが描かれているのみだ。けれど、それだけで十分だった。
不死。最良の状態。
怪我も病気もすぐ治る、髪を切ってもあっという間に元通り――今の私、そのものだ。
でもクラティラスは静の聖女、なんだよね? まさかヴォリダ帝国の鎮守の女神って……。
「鎮守の女神は、静の聖女と同じ能力を持つ……というより、同一の存在のようなんです。鎮守の女神なる存在は元々、ヴォリダ帝国にいた。かなり歴史は古く、長らく国を守っていたものと思われます。なのにアステリア戦争の頃、何故かアステリア王国に移動したみたいなんですよ。同時期に、鎮守の女神がヴォリダ帝国から姿を消したという記述もこの本に載っています」
アステリア戦争以降、鎮守の女神はヴォリダ帝国に現れていないという。なので同じような能力を持つ者が増えたわけではなく、鎮守の女神が移動して静の聖女に名称を変えて居着いたことは確かなようだ。
イリオスも一生懸命調べたそうだけど、どうしてそんなことが起こったのかはわからなかったみたい。
自分達が初めてじゃない――アステリア戦争を止めた動の聖女はそう言ったと記述されていた。それはヴォリダ帝国にいた鎮守の女神のことだったんだろう。
しかし鎮守の女神が、どういった理由でアステリア王国に?
気になったけれど、私なんかが考えたところでわかるもんじゃない。てなわけで思考を即放棄し、私はさらに続きに目を走らせた。
『鎮守の女神の肉体を守護する能力は、精霊が次の鎮守の女神を選ぶまで続く。但し、場合によっては強制的に交代を余儀なくされることもあった』
例えば、鎮守の女神イコール静の聖女そのものが国や世界を脅かすほどの悪人だったら、そのまま放置してはおけない。
ヴォリダ帝国では過去に、大量殺人を犯した者や高官を唆しては金を吸い取る悪女などが鎮守の女神に選ばれたことがあった。しかし、彼女達は死刑を執行されても死ななかったという。けれども、鎮守の女神を殺して、その力を一時的に身に宿すことができる存在がいた――そうなのだが。
「『精霊の御子』」
記された呼称を、私は静かに呟いた。
動の聖女は、静の聖女の保険的な役割を果たすと、先の聖女は告げた。鎮守の女神を精霊の御子なる存在との関係も、それによく似ているように思う。
――――まさか、私を殺すのは。
「リゲルさんは、精霊の御子じゃありません」
恐ろしい考えに沈みかけた私を、イリオスの声がすくい上げた。
「精霊の御子と動の聖女は、別物です。たとえリゲルさんが精霊の御子であっても、あんたを殺すわけがないでしょう。彼女の性格なら、あんたがどんな悪党に堕ちようと改心するまで、それこそ自分が死ぬまで説得し続けるんじゃないですかねぇ」
冗談っぽく受け流されたけれど、それを聞いて涙が出そうなくらい安堵した。そして一瞬でもリゲルを疑いかけた自分を深く恥じた。
そうだよ、あのリゲルが私を殺そうとするなんてありえない。逆の立場だったら、私にもそんなことできない。大切な友達を私が信じないでどうするっていうんだ。
「それじゃあ、私を殺すのは……精霊の御子は誰なの?」
どっぷりと反省しながら、私は先に立ち上がって本を元の位置に戻していたイリオスに尋ねた。
ここまで聞いたからには、教えてもらわねばならない。
こちらを見下ろしたイリオスは焦れるほどの間を置き、ひどく重たげに口を開いた。
「…………それは、まだ知らなくていいことです」
覚悟を決めて尋ねたというのに、彼が紡いだのは定番のお預けの言葉だった。
「えー? まだ内緒なのー? 特徴とか年齢とか、せめて男か女かだけでも教えてよー。どんな人かわからないんじゃ、殺されないように注意することもできないじゃんかー!」
私も立ち上がり、イリオスに詰め寄った。が、イリオスは曖昧な笑顔を浮かべたまま、後退りした。
「大分時間を食ってしまったし、そろそろ戻らないと。拾い食いでもしてお腹を壊してたんじゃないかと、皆に怪しまれますですぞー?」
そう言って奴は、後ろ歩きでさかさかと元来た道を戻っていった。
何だ、あの動き。無駄に素早いから、ものっすごく気持ち悪い。
「
「ちょ……そんな大事なこと何で黙ってたの!? むしろ何で今言った!? 待って待って、
ドレスの裾をたくし上げ、私は死物狂いで笑顔のまま高速で後ろ歩きするイリオスを追った。
怖いよりキモい方が断然マシだもん! オバケだけは本当に無理なんだってばー!!
デビュタント・ボールも終わり、いよいよ来月からは高等部――『アステリア学園物語〜
動の聖女と静の聖女。それに、精霊の御子。
いきなり不安要素をぶち込まれたけれども、とにかく私が生き延びればいいだけの話だ。
根性の悪い『世界の力』とやらよ、覚えておけ。受験の恨みはきっちり返すからな。精霊の御子とかいう奴も返り討ちにして、貴様の自殺願望ごと木っ端微塵に打ち砕いてね!
残された時間は、あと三年。焦りはある。そして、大きな恐れも。
けれど、そんなものに囚われてばかりじゃいけない。仲良し
私は、クラティラス・レヴァンタ。
そして私は、
もう二度と、志半ばで手折られてなるものか。夢半ばで命散らしてなるものか。
初めて描いたイリオス✕ヴァリティタ絵の仕上げもそこそこに、私は早めに就寝した。
ついに明日に迫った、アステリア学園高等部入学式に備えて――ゲームで起こる、数々のイベントを思い出しながら。
【中等部三年生編】了
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