腐令嬢、書庫へ行く
「はあ、すっごく尊かった……! イリオスもお兄様も、最高オブ最高オブ最高極めてたよね……! 思い出すだけで胸熱激熱ヤバみエグみしんどみで辛い……! 死ぬまで、ううん、死んでも忘れられないかもしれない……!」
「ハイハイ、ドーモドーモ。もうその話題は二度と出さないでくれます? 僕の方は一秒でも早く忘れたいんで」
心から賛美しているというのに、イリオスは斬り殺すような勢いで吐き捨てた。私に激しくBL萌えされたことが不快なのだろう、さらに距離を取るように足を早めやがった。
「ちょっと待ってよー。こんなとこで置いてかれたら、一生迷子だよ。死んでもここに囚われたままになりそうじゃなーい」
「だったら死ぬ気で付いてきたらいいじゃないですか。BLのことしか詰まってないから脳味噌が人より軽い分、足は速いでしょーが」
不平を訴えるもイリオスは振り向きもせず、ツンツンしたまま競歩みたいな速度で進んでいく。
確かに私も、外見だけとはいえ江宮にハスハスされると気持ち悪いもんな。でもだからって、ここまでプリプリすることないじゃん。
あ、お兄様とのダンスの時間があまりにも鮮烈すぎて、現実に戻った今『何でこんな女と……』って私という婚約者の存在を疎み始めたと妄想すれば美味しいぞ? 猛烈爆裂炸裂腐女子な私なら、たとえ当て馬女役でも身を引いて二人を応援するエンドに落ち着くこと間違いなしだから、国外追放やら社会的抹殺やらで大変なことになる心配はないし!
BL妄想で高揚した気分に任せてスキップしながら、私は改めて周囲を見渡した。
ぽつりぽつりと年代物の古びたランプが設置されているものの、今は一切機能していない。イリオスが持たせてくれた懐中電灯で照らしても、天井を視認することは叶わなかった。そして、ずらりと両脇に聳える書架の天辺も然り。
我々が今歩いているのは、王宮の深部にあるという書庫の中の広大な通路だ。もちろん一般には公開されておらず、王族以外の閲覧は禁止されている。また規定時刻も厳格に定められており、緊急時以外は王族ですら立ち入ることは許されない。
イリオスと婚約しているといっても、私は部外者だ。王宮内でも自由に出入りできるのは、他の皆と同じく、イベントや招待などの折に許可された一部だけ。宮廷内を歩くにも、イリオスが同伴していようと監視のための護衛が必要となる。
つまりこの書庫は、私などが単身で足を踏み入れていい場所ではないのだ。
ならばどうやって誰にも見咎められず、しかも時間外となった現時刻に厳重に施錠されているこの部屋に侵入できたのか? 答えは簡単、イリオスの魔法のおかげである。
私達はまず、大広間から護衛と共にイリオスの部屋に移動した。自分も行く行くとお兄様が駄々をこねたけれど、アンドリアの介抱をお願いすると渋々引き下がってくれた。イリオスの『一日限りとはいえ記念すべき日に選ばれたパートナーなのに、その務めすら果たせない人とは仲良くしたくないよねー』という言葉がよく効いたらしい。言えって強要したのは私だけどね! ものすごく嫌々言ってたけどね!
部屋に到着して二人きりになると、私はイリオスに促されて奥の寝室に向かった。どんなベッドで寝てるんだろうと軽く気になったけれど、扉を開けるとそこには寝具も何もなく、この書庫に繫がっていたという次第だ。
魔法みたい! と感激したけど、普通に魔法だったわ。我ながら当たり前のことを考えてしまったと後悔したよ。
それでも普段なら、イリオスの魔法の力をもってしてもこの書庫に忍び込むのは不可能らしい。長年王宮に仕える専属の司書団が至るところに配置されて常に見回りをしているそうで、中に入れるイリオスでも室内に魔法の細工を施すなんてことはできないからだ。
しかし今日はその司書団の中の一人の娘がデビュタント・ボールに出席するため、国王陛下に欠勤を申し出ていたのだという。そのおかげで見回りに隙ができ、空間を繋ぐ魔法の準備ができたというわけだ。
イリオスが暫く大広間を暫く抜けていたのは、このチャンスを逃すまいと書庫に向かい、本を読む振りをしながら魔法の仕掛けを作る機会を窺っていたからなんだと。
それにしても、これが全部本だなんて信じられない。最初はただの壁かと思ったもん。
世界中の禁書や焚書、歴史的価値のある古代文献なんかもあるんだって。絶対的な信頼を置ける数人の司書団だけで管理しているそうだけど、毎日すごく大変そう。通っていた王立図書館よりは狭いものの、その分書架の高さが上空遥か彼方状態だから、高所恐怖症じゃ務まらないだろうなぁ。
「クラティラスさん、何やってるんですか。こっちですよ、早く」
いつの間にか立ち止まって、ぼけーっと本のビルを見上げていたらしい。イリオスの声で我に返った私は、慌ててもう一つの懐中電灯の光を追った。
やっと突き当たりが見えてきたかというところでイリオスはメインの通路を初めて曲がり、連なる書架群の隙間に通る脇道を抜けて、やっと立ち止まった。そして、上に軽く手を翳す。すると、一冊の本が吸い寄せられるように舞い降りてきたではないか。
懐中電灯の灯りを向ければ、『秘匿されしアステリア王国史実記』という表紙の文字と――禁書の証である、赤い印が目を射た。押捺されていた印は私の指輪と同じ、アステリア王室の紋章だ。
イリオスはそのまま床に座り、本を置いてページを捲り始めた。私も恐る恐る隣に腰を下ろす。
目的の文章が記されている箇所に辿り着いたのだろう、ページを繰る手を止めると、イリオスは黙ってその本を私の方へと差し出した。
それは、『聖女』に関する記述だった。
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