腐令嬢、切り落とす


 翌日、外出禁止令が解除された私は早速学校へ出向き、リゲルとステファニへの挨拶もそこそこに、白百合の部室からイリオスを呼び出して例の旧音楽室に引きずり込んだ。



「はぁ……わかりました。ヴァリティタ様に下した命令は取り下げます。ほとんど口約束みたいなものでしたし、ご両親にはあなたからお伝えください。僕がわざわざそれを伝えるために家に行ったり、レヴァンタ一爵宛に手紙を送ったりしたら、せっかく隠匿したあの一件が明るみに出る可能性がありますので」



 昨日の出来事をざっくり話すと、イリオスはすんなりとお兄様への命令取り消しを承諾してくれた。若干顔が引き攣っているのは、お兄様が自分の嫁になりたがっていると聞かされたせいだろう。


 ヴァリ✕イリ✕ヴァリは絵面的にはアリだと思っていたけど、ごめん……今は私もそのカップリングはちょっと遠慮したい。何なら地雷カプになりそうな勢いだ。



「ありがとう……そうする……」



 向かい合って座るイリオスの顔も見ずに、私は項垂れたまま小さく答えた。



「あの……ヴァリティタ様が僕に嫁入りしたいと考えているとかいう件については、聞かなかったことにしていいですよね? いずれはあなたとも婚約解消する予定ですし、僕は関係ないですし? 今のところ僕は被害者だと思うんですよ。なのに何で僕、いきなり殴られたんですかね? 八つ当たりにしては、殺意すら感じるほど凄まじいパンチでしたけど?」



 キッと顔を上げれば、見せ付けるように鳩尾みぞおちをさするイリオスが目に映る。


 魔法ですぐに治癒したおかげでもう痛まないはずなのに、わざとらしく迷惑そうな目でこちらを見る表情に江宮えみやの顔が重なり――私は思わず立ち上がった。



「クラティラスさん、どうし……うげ!」



 鋭く利き足を振り上げてすねを蹴っ飛ばせば、イリオスが呻く。私は構わず、淡々と告げた。



「ええ、そうよ。これはただの八つ当たり。お兄様が私に恋してるって知ってたくせに、ずっと黙ってやがってたことへのね」



 殴りかかった本当の原因は別であるが、これに腹が立ったのも本音である。


 脛を押さえて魔法で治癒しながら、イリオスは涙目でこちらを見上げた。



「そ、それは……ほら、僕としても確信が持てなかっただけで? かかか隠してたわけではないですぞ?」


「嘘つけ。前に私に言ったよね? お兄様が私のことを嫌ってなければ恋愛対象としてアリか、って。あの時にはわかってたよね? わかってて言わなかったよね? こっちはずっと嫌われてるんだと思って、いろいろと悩んでたのに」


「す、すみません。勘違いしているのはわかってましたけど、でも僕が打ち明けたところで信じなかったでしょう? 信じたとして、また別の方向で悩むだけだと思って言わなかったんですよ。それにゲームのヴァリティタ様は、自分の想いを必死で隠してましたから……っと」



 慌ててイリオスが口を閉じるが、もう遅い。しっかり聞こえましたわよ!



「はあ!? ゲームでもお兄様はクラティラスのことが好きだったっての!? そんな描写なかったよね!? 続編のラノベの話!? ふざけんな、だったらヴァリティタルートのリゲルはどうなっちゃうんだよ!!」



 張り倒す勢いで掴み掛かり捲し立てると、イリオスは観念して渋々閉じた口を開いた。



「わかりました、話しますよ、もう……。ラノベの主人公は、リゲルさんではなくヴァリティタ様なんです」



 まさかの新事実に、私の口も顎が外れんばかりにぱっかーんと開いた。



 確かに『アステリア学園物語〜星花せいかの恋魔法譚〜』で一番人気のキャラは、ヴァリティタ・レヴァンタだった。


 そりゃゲーム仕様のお兄様なら納得もできるけど、現実はアホ全開の変態的シスコンなんだよ? どう頑張ってもコメディになっちゃうよ?


 なのに続編のジャンルは、そんな明るいものじゃなくて……。



「物語では、一応『イリオスルート』がメインとなっています。しかしリゲルさんは、結婚したイリオスを含めて全攻略対象に友情以上の感情は持っていません。彼女はとある目的のため、恋愛そっちのけで『聖女』として活躍していました。言ったでしょう? ジャンルは戦記だって。ちなみにタイトルは『アステリア王国戦記〜光闇こうあんの英雄譚〜』です」



 淡々と、イリオスはラノベの概要を語った。


 突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込んでいいかわからない。ただ続編とはいうものの、本当に『アステリア学園物語〜星花の恋魔法譚〜』とは全くの別物なんだろうということは理解できた。


 イリオスが再びくちびるを引き結ぶ。これ以上は話しませんよ、のポーズだ。


 こうなれば梃子でも喋らないのはもうよく知っているので私は彼の襟首から手を離し、話題を変えることにした。



「他にも聞きたいことがあるの。返答次第ではもう一発、いえ十発は食らわせて、トドメに貴様の首をもぎ取ってジャンプシュートで胴体にソイヤーするつもりだから、正直に答えてね?」


「一体、何ですかぁ? ラノベの件はもう……」


「いいから黙って見てて」



 そう言ってバッグからハサミを取り出してみせると、イリオスは椅子ごと仰け反った。本気で首を切り落とされると思ったらしい。


 しかし私はそのハサミを、自らの左サイドの髪にあてがった。



「えっ……ちょ、クラティラスさん!? やめ……!」



 イリオスが制止しようと立ち上がるより、一掴みほどもある髪がざっくりと切り落とされる方が早かった。


 私は一つ吐息をつき、無機質な床に散らばる長い黒髪に視線を落とした。



「何てことを……」



 呻くように声を漏らし、イリオスが額を押さえて項垂れる。



「いいから私を見て」



 短く、私はイリオスに命じた。


 しかし無残な頭になった最推しを目の当たりにするのには、勇気が必要だったらしい。イリオスは心に傷を負った受けがやっとのことで攻めを受け入れるジレジレ展開レベルにたっぷりと時間をかけ、ようやく私に顔を向けた。



「あ……え? どうして……!?」

「いだぁっ!」



 椅子を蹴倒し駆け寄ってきたイリオスに思いっ切り髪を掴んで引っ張られ、私は悲鳴を上げた。



「ヅラじゃない……? ということは、手品だったんですか!? すごいですな! すごいですぞ! アホウルのくせに、やるじゃないですか!!」



 切ったはずなのに元通りに戻った私の髪を握り締めたまま、イリオスが至近距離からキラキラの眼差しを向けてくる。私はフフンと不敵に微笑んでみせた。


 相手がオタイガーだろうと、崇められれば悪い気はしない……って待て待て! 江宮にドヤるのが目的でこんなことしたんじゃないんだってば!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る