腐令嬢、叱られる
「こんのバカッ! お前もバカ! お前もバカ! バカばかり! バカをやるのも大概にしろっ、バカ兄妹!!」
お父様がこんなにも怒りを露わに怒鳴り散らすのは、とても珍しい。こういう時はいつも、激昂するお母様を押さえる役だったから。
お母様も見慣れぬお父様の姿に動揺しているらしく、膝に乗せたプルトナの両手を掴んで何故か繰り返し万歳させていた。
「自分達が何をしたのか、わかっているのか!? 一度ならず二度までもイリオス殿下の命令に背いて……」
「イリオスが決めたのは、お兄様側からの接触についてだけでしょ? 私からの接触については何も言われてませんしー? だから私は命令違反なんてしてないでーす」
「私は背いたように見える行為をしてしまったが、クラティラスも私に会いたくて会いたくて堪らなかったはずなので問題ないと思う」
「クラティラスは屁理屈を言うな! ヴァリティタ、お前は自己中心的な脳内補正でルールを勝手に改変するな!」
二人でそれぞれ正当性を訴えるも、お父様に軽く一蹴される。むしろ、余計怒りに火を注いでしまったようだ。いやいや、私の言い分は間違ってないでしょ……おかしいのはお兄様だけでしょ……。
しかし、そんな弁明などとても聞き入れてもらえそうにない。
なので私は言葉を押し殺して、隣に並んで正座させられているお兄様を睨むだけにしておいた。お兄様はずっとこちらを見ていたらしく、目が合うやニッコリ微笑んできたが、んなもん無視ですよ、無視。
「とにかく、二人から話を聞きましょう。お叱りになるのは、その後でもよろしいんじゃなくて? このままでは、夜が明けてしまいますわ」
眠ってしまったプルトナを高い高いしながら、お母様がお父様に提案する。この緊迫した空気の中でも、気になる二の腕のお肉撲滅のためにプルやんのでっぷりボディを利用してエクササイズするとは、さすがお母様だわ。
お母様のおかげでお父様も少し落ち着いてくれたので、私とお兄様はやっと事情を話すことを許された。といっても二人で辻褄合わせをした、偽事実だけれども。
我々から話を聞き終えたお父様とお母様は、大変渋い顔をなされていた。
「ではつまり、昨夜はクラティラスの方からヴァリティタに会いに行ったというのだな? 家を抜け出して、一人であの距離を走って行った、と」
お父様の確認に、私は俯いた状態で頷いた。顔を向けると、嘘が見抜かれてしまう気がして怖かったのだ。
「普通の令嬢では想像もできないことだが、お前ならそのくらいやりかねん。何しろ、とんでもないお転婆だからな」
が、何とかここは疑われずに済んだようだ。
日頃の行いが悪くて良かった。体力作りのために庭の木の枝で懸垂したり、クッションでハンドボールのジャンプシュートかまして窓を割ったり、ステファニとの格闘練習に乱入してきたお父様にがっつり関節キメてマジ泣きさせたり、いろいろとやらかしてきた甲斐があったよ。
「兄と仲直りがしたくて、そんな無謀な行為に及んだことは理解しよう。そしてやっと仲直りができた喜びに浮かれて舞い踊って、うっかり窓から落ちてしまった……というのも、実にお前らしい。まさにクラティラスといった行動だ」
呆れたようにお父様が言い、お母様にまで頷かれると、私はちょっと微妙な気持ちになった。
そこ、絶対突っ込まれると思ったんだけどな? 髪飾り誤食の件といい、お二人は私のことを野獣か珍獣かだとでも思ってるのかな?
「……しかし、だ」
首を傾げたのも束の間、お父様の声色が急に厳しいものへと変わった。
「うまく鉄柵に引っ掛かったおかげで怪我はしなかったのをいいことに、ヴァリティタを驚かせようと考えて服を裂き、朝顔の蕾を潰して服に塗って、気を失ったフリをしていた、というのはさすがに見過ごせん。クラティラス、お前はやっていいことと悪いことの区別も付かないのか!」
クレッシェンドで高まった怒声を浴びせられ、私は俯いたままぎゅっと身を縮めた。怒り狂うお父様が怖かったからではない。自分がどれだけ大変なことをしようとしていたか、それを今更ながら思い知り、居たたまれなくなったせいだ。
死んだフリどころか、私は本当に死のうとした。
仕事で疲れている上に明日も早いはずなのに、それでも時間を作り、自分を思って叱ってくれるお父様と泣きそうな顔で見守るお母様に何も言わずに。こんなにも心配し、心から愛してくれる両親を置き去りにして。
「クラティラスは悪くありません!」
申し訳なさのあまり、消え入りたい気持ちで溺れそうになっていた私を救ったのは、お兄様だった。
「元を正せば、私がいけなかったのです。私はそれだけのことを、クラティラスにしてしまった…………けれどクラティラスは、こんな私を許してくれたのです」
「『それだけのこと』とは何だ? ヴァリティタ、お前は一体……」
「はい、お話しします。『あの夜』に何があったのかを」
お父様の問いを遮り、お兄様はそう告げてから私を見た。私も頷き返す。
私の誕生日の夜のことを、ずっと気にかけていたであろうお父様とお母様は、たちまち緊迫した表情となった。
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