腐令嬢、紹介す


 さて翌日。


 授業を終えると、私は部活のことを副部長のリゲルに任せて学校に復帰したアンドリアと落ち合い、サッカー部が練習しているグラウンドに向かった。


 アンドリアが『とにかく本人と会って話してみたい』と訴えたもので。


 ずっと考えていたらしいんだけれど、一人で行くのは不安だし、紅薔薇の皆は押せ押せな雰囲気だから同行を依頼すると流されかねないと思って言い出せなかったんだそうな。


 この時のために、私はネフェロにお願いして作ってもらったクッキーをアンドリアに与え、アンドリアはそれを丸呑みする勢いで食べて英気を養った。


 しかし――準備万端で挑んだものの、グラウンドにファルセの姿はなかった。別メニューで練習しているのかもしれないと思い、その辺の部員を捕まえて尋ねてみたところ、今日は休むと本人から申し出があったという。



 私とアンドリアは拍子抜けして、トボトボとグラウンドを後にした。



「まさか会えないとは、思ってもみなかったわ。こんなことになるなら、ネフェロ様のクッキーはもっとゆっくり味わっていただくんだった。大失態よ。せめて口周りに欠片だけでも残しておけば……!」



 アンドリアが悔しそうに歯噛みする。アンドリアよ、残念がるポイントはそこじゃない。いろいろとズレてるズレてる。



「クッキーならネフェロにまた作ってもらうから……。明後日の体育祭にもいろいろと持ってくるし、多分ネフェロ本人も来てくれるはずだから……」


「あらっ、そうなの!? だったら全く問題ないわね! やだ……ネフェロ様を見つめながらネフェロ様の作ったお菓子をいただけるの!? ああ、今から体育祭が楽しみ!」



 私がフォローすると、途端にアンドリアは笑顔を咲かせた。


 問題なくなってないわ、ちっとも解決しとらんわ。こいつ、さてはネフェロに躍らされたせいで何が目的だったか忘れてるな?



「それよりファルセのことよ! 明日は休日で学校が休み、体育祭はその次の日でしょ? お家まで行くのはさすがに気が引けるし、体育祭当日に呼び出すしかないんじゃない?」


「ああ、そうだったわね。すっかり忘れていたわ。でも当日ネフェロ様がいらっしゃるなら、何とかなる気がするの。だって、空気にもネフェロ様成分が満ち満ちて……」 



 アホなことを抜かしながら、クッキーで摂取したネフェロ成分の効能のせいか、元気いっぱいに一段飛ばしで階段を登っていたアンドリアだったが、私より一足先に部室のある階に到着したところで足を止めた。そして、慌てて踵を返して数段下にいた私のところに戻ってくる。



「ちょっと、部室の前に誰かいるわよ? しかも、すごく怪しい動きをしているの。見覚えのない男子だけど、白百合の偵察隊かしら?」



 ヒソヒソと囁かれた言葉に、私は急ぎ足で階段を登った。そっと様子を窺ってみると、確かに一人の男子生徒が紅薔薇支部の扉前をウロウロしている。


 だが、アンドリアに見覚えはなくても、私にはそれが誰だかすぐにわかった。


 なので私はアンドリアの手を引き、ずかずかと彼に近付いた。



「我々の部に、何かご用かしら?」



 声をかけるまでもなく、私達の姿が見えた時点で彼は直立不動となっていた。



「何の用かと聞いているのよ、ファルセ・ガルデニオ」



 距離をさらに詰めて私が再度問うと、名を呼ばれたファルセだけでなくアンドリアも固まった。



「あ……あの、はい、中等部一年のファルセ・ガルデニオと申します」



 観念したのか、ファルセはしっかりと頭を下げて改めて挨拶をした。いかにも体育会系といった感じのきびきびとしたお辞儀から彼が向き直ると、私は心の中で感嘆の吐息を漏らした。


 今は私と同じくらいの背丈だけれど、制服を着ていてもしっかりとした骨格が窺える。凛々しい弧を描く眉の下にはマリンブルーの瞳が野性的に輝き、通った鼻梁にも引き結ばれたくちびるにも、まだ幼いながら精悍な男らしさが感じられる。けれど全体的に品があるので、ワイルド系なのに粗野に見えないバランスが素晴らしい。



 彼こそがファルセ・ガルデニオ――この世界で四番目に出会う、『アステリア学園物語〜星花せいかの恋魔法譚〜』の攻略対象だ。



「すみません、本日ここに来たのは……会いたい人がいたからなんです」



 私に問われた来訪の理由について答えると、ファルセは頬を赤らめて頭を掻いた。ゲームで何度も見た、ファルセが照れた時の癖だ。



「実は俺、この部の方にダンスのお誘いのお手紙を出したんです。でもよく考えてみたら、知らない奴からそんなものをもらっても不安にさせるだけなんじゃないかと気が付いて。それで悩みに悩んで、ご本人にお会いしてお話する機会をいただけないかと思って、ここに来たんです。クラスどころか名前も知らなかったんですが、この部に所属していることだけは知っていたので」



 それじゃ、どうやって下足箱を探し当てたのかと聞くと。



「お、お恥ずかしい話ですが、こっそり後を付けて特定しました。すみません……失礼だとはわかっていても、こういう気持ちになるのは初めてで、どうにも押さえられなかったんです。もっと早くに行動すべきだったんですけど、それもなかなか勇気が出なくて、こんなギリギリになってしまいました」



 そう答えてから、ファルセは紅潮した顔を隠すように俯いてしまった。


 年下とはいえさすがは二爵家の子息、口調は丁寧だし礼儀正しいし、物腰も柔らかい。ちらりと横目でアンドリアを見遣れば、彼女の頬もほんのり薄紅色に染まっていた。第一印象はなかなか悪くないようだ。



「そうだったのね。だったら今日は、二人でゆっくりとお話するといいわ」



 最初に脅しめいたキツい口調で話しかけた分、彼をこれ以上萎縮させないよう、私はなるべく優しい声で理解を示してみせた。



「あ、ありがとうございます!」



 ここでファルセは、初めて笑顔を見せた。


 おお、何という清廉で爽やかなスマイルなのじゃ! ああ、心が洗われて私の大いなる腐ォースが奪われていく……。



 そうなんだよね、ファルセってばこの爽やかさが仇になって『アステリア学園物語〜星花の恋魔法譚〜』じゃ今ひとつ腐人気が振るわなかったの。でも、推しが少なかったわけじゃないんだ。どちらかというと、夢女子方面に人気が高かったのよね。


 腐女子達からも腐妄想するに忍びないって意見が多くて、エロなし健全全年齢向きで総受け総愛され本ならわんさか出てたから。


 もちろん私も買ったよ〜。全員から矢印向けられてるのにサッカーに夢中で気付かないファルセ、超癒しだったぁ〜。擬人化したサッカーボールとファルセの友情物も良かったなぁ〜!



 ……おっと、前世の私の同人本購入歴については、今はいいんだ。



 私はもじもじしているアンドリアの肩に手を置き、ファルセの前に押し出した。



「僭越ながら、私の方から紹介させていただくわね。こちら、アンドリア。マリリーダ二爵令嬢で、二年二組の生徒よ。こう見えて熱いところがあるから、スポーツに熱中しているあなたとは気が合うと思うわ」


「は……はあ……?」



 だがしかし――愛しの彼女の名を知ることができたというのに、ファルセの反応は非常に微妙なものだった。



 待って……とてつもなく嫌な予感がするんだけど!?

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