腐令嬢、押し切られる
「あ、あなた、自分が何をしたかわかってますの? あたくしはパスハリア家の……」
ロイオンと同じく、声を震わせながらサヴラが言葉を発する。けれどロイオンは彼女の言葉を遮り、今度は驚くほどの大きな声で告げた。
「罰ならどれだけでも受ける覚悟だよ! パスハリアだろうが何だろうが、あんなひどいことを言って許されるもんか! クラティラスさんに、そしてご婚約者のヴァリティタ様にも謝ってくださいっ!」
二人のやり取りを聞いて、私はやっぱり夢じゃなかったと思い知り愕然とした。
マジだ……マジでロイオン、ブチギレてる……!
「ふ、ふざけないでよ……誰がレヴァンタの者なんかに頭を下げるものですか!」
捨て台詞を吐き、サヴラは逃げようとした。が、そうは私が許さない。
素早く背後から左腕を掴んで同じく左足を絡めれば、転びかけてサヴラの上半身が傾く。すかさず私は、バランスを取ろうと彼女が上げた右腕を取った。
そして、背中から乗り上がるようにしてサヴラの後頭部に片足を乗せれば――そう、卍固めの完成である!
プロレス好きだった前世のお父さん……不意討ちで技をかけられるのはとてつもなくウザかったし、同人原稿の修羅場の最中にプロレス観戦に強制連行された時は正直殺意すら覚えたよ。
けど、その時の知識がこんなところで役に立つとはね! お父さん、本当にありがとーー!!
「いたたたた! やめめめめ!」
「うるぁ! とっとと詫びんかい、このボケェ!」
「ごめんなさいごめんなさい! あたくしが悪かったわ!!」
サヴラが悲痛な声で謝罪の言葉を口にする。とはいえ、本心ではないだろう。しかし彼女を心から反省させるのは電流爆破デスマッチでも無理そうなので、私もここで妥協することにした。
プロレス技を味わうなんて、生まれて初めてだったに違いない。解放されてもサヴラは地面にへたり込んだまま、痛めつけられた首と脇腹を押さえて呻いていた。
「ロイオンに叩かれた件を誰かにチクるつもりなら、その原因となった『見境なしに男に色目を使って唆している』とかいう私のことも是非伝えてちょうだいね。婚約中の第三王子を裏切る重大案件ですもの、すぐに調査をしてくださるでしょう。けれどどれだけ調べたところで、私達には何もないとわかるだけよ。その時に恥をかく覚悟がおありなら、どうぞ好きになさい」
嫌味な微笑みと共に睥睨すれば、サヴラも負けじと睨み返す。けれどすぐにフンと鼻を鳴らして目を逸らし、彼女は立ち上がった。
「あ、それと!」
競歩ばりの早歩きで立ち去ろうとしたサヴラの背に、私はトドメの一言を放った。
「今夜は一人で寝てくださいねー。お前なんかと同室にいたら、いつ寝首をかかれるかと気が休まりませんので。部屋には戻らないから、どうぞ広々とお休みくださいませー!」
「こ、こっちだって、あんたと一緒に就寝するなんて願い下げですわ!」
振り向きもせずに吐き捨てると、サヴラは今度こそ走り去っていった。
「あ、あの……ごめんなさい。ボクのせいで、こんなことになっちゃって」
その後ろ姿に舌打ちを落としたところで、ロイオンが小さな声で詫びてきた。
「何でロイオンが謝るの? 私こそ、ごめんね。好きな子を叩かせちゃって」
「ううん、あれはボクが勝手にやったことだから。クラティラスさんのせいじゃないよ」
正面切って振られたわけではないとはいえ、彼の気持ちは欠片も伝わらなかった。おまけに他の女を庇ってビンタまでかましてしまったのだから、好感度は奈落の底に落ちたも同然。たとえ誤解が解けようと、もう取り返しはつかない。
ゲーム通り、ロイオン・ルタンシアは失恋した――――それも、最悪の形で。
さぞ落ち込んでいるかと思ったけれど、ロイオンは意外にもスッキリとした顔をしていた。
「クラティラスさんがいなかったら、告白なんてできなかった。それにおかげで、サヴラさんの隠された一面を知ることができたよ。ボクはずっと、彼女を誤解してたみたいだね」
守ってあげたいなんて抜かしたけれど、あんな嫌な女だったのかと目が覚めて吹っ切れた、ということだろうか?
でも、それはちょっと違うと思うの……。
「あ、あのね、ロイオン。サヴラは性格も根性も悪いけれど、あれは本心じゃなかったんじゃないかな〜、と思わなくもないんだ。勘違いで暴走しただけで、もしちゃんと状況を理解してくれていたら、あんなこと言わなかった気がしなくもないの。頭が冷えたら、反省する可能性がなきにしもあらずかな? まー素直じゃないから、たとえよしんば万が一にも後悔したって、自分から謝らないことだけは断言できるけど」
無理矢理感満載だけど精一杯フォローしたのは、私も信じたかったから。
そりゃ、あのひどい煽り文句には腹が立ったさ。でもロイオンが見たという寂しそうな顔、身を震わせて泣いた姿、愛してくれる人などいないという悲痛な叫び声――それこそが、本当のサヴラなんだと思う。
だから、ロイオンにも否定してほしくなかった。彼女を好きになったことは間違ってなかったんだと、胸を張ってほしかった。
少し間を置いて、ロイオンは脱力したように吐息を漏らした。
「ありがとう、クラティラスさん。大丈夫、ボクもサヴラさんが心からキミ達兄妹を疎んでいるなんて思っていないよ。むしろその逆で……うーん、これはボクが勝手に感じたことだから正しいかわからないし、口にはしないでおくね」
そこで飛び出したるは――――ゲームでハニジュエが己の辛い失恋の過去を語るイベントにて、一番好感度が高い選択肢を選んだ時に見せたのと同じ、どこまでも透明な笑顔。
おい、うっかり見惚れてしまったぞ……あのハニジュエには本当にやられたからね。それまでは言動行動がキモすぎて、ハニジュエルートはほぼほぼスキップで進めてきたのに、あのイベントで心機一転、この子を優しく包んであげたいって母性が覚醒したもんな。
この子、やっぱりハニジュエなんだ。ずっと疑心暗鬼だったけど、今の笑顔で確信した。
ということは…………この可愛らしいロイオンが、明日からトンデモナルシストになっちゃうの!?
今のところ、とてもそんな雰囲気には見えない、のだが。
「あ、あの、ロイオン……」
「それよりさ!」
私の声をかき消す勢いで、ロイオンが目を輝かせて顔を寄せてくる。
「さっきの技、何? ボクにも教えてほしいな。勇ましいクラティラスさんを見て、守りたい人がいるなら強くならなくちゃいけないと思ったんだ。ボクに何が足りないのか、どうすれば自信が付くのかって考えてたけど、答えが見付かったよ!」
「……と言いますと?」
何かおかしいと違和感を覚えつつも、私は恐る恐る尋ねた。
「ボク、格闘家になるっ! リングネームは、そうだなぁ……デスリベリオンで!」
…………ウソぉぉぉぉん。
「だとしたら、こんななよなよした話し方してたらダメだよね。そうだ、クラティラスさん。さっきすっごく怖い言葉遣いしてたよね? どこで学んだのか知らないけど、それも教えてくれないかなっ!?」
…………何でそうなるぅぅぅぅん。
「お願いします、クラティラス師匠! ボク、強くなりたいんですっ! じゃなくて、強くなりたいんじゃー教えろーオッラァァァー!!」
…………それ、ただの脅しやぁぁぁぁん。いろいろと間違ってるぅぅぅぅん。
結局私はロイオンに押し切られ、荒ぶった言葉遣いのレクチャーをすることを約束させられた。
明日から早速、強そうな格闘家を探して入門しに行くそうな。そんな決意表明してくださった直後に、ロイオンはくちゅんっと可愛いくしゃみを放った。
そこで私は彼が川で盛大に濡れたことを思い出し、風邪を引いては道場入門に障ると説得して、取り敢えず今夜は解散となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます