腐令嬢、絶句す


「勝手に誤解した挙句に武器に暴力って、お前、マジで頭ゴブリンなんじゃないの!? パスハリアの令嬢だろうと、やっていいことと悪いことがあるだろーが!」



 しかしサヴラの奴、反省するどころか、同じように私の胸倉を掴み返してきたじゃないの!



「レヴァンタの令嬢だって、同じでしょ! 人の心を弄んで、そんなに楽しい!? あんたさえいなければ、あたくしはこんな思いをすることはなかったのよっ!」



 悲鳴のような声で吠えるサヴラの表情は、怒りと憎しみに満ち、悲しい寂しい苦しい辛いをごちゃまぜにした涙化粧で彩られ――ただただ、痛々しかった。


 だからといって、なすがままにされているわけにはいかない。とにかく彼女の誤解を解かなくては!



「少しは人の話も聞けって! ロイオンはただの友達、イリオスは家が決めた婚約者ってだけ、お兄様は全く関係ない、以上! これが事実なの! お前が一人で熱く激しく勘違いして盛り上がってるだけなの!」



 けれどサヴラは聞く耳を持たず、ますますヒートアップして掴んだ私の襟元を破らんばかりに激しく揺さぶった。



「誤解なんかじゃないわ! どいつもこいつもクラティラス、クラティラス、クラティラス、あんたのことばかり! 誰もあたくしのことなんて見ていない、どれだけ頑張っても見てくれない! あたくしを愛してくれる人なんて一人もいないのよ!」


「…………っ、ボクがいます!」



 ハーフアップにしたオリーブ色の髪を振り乱して喚いていたサヴラも、悲劇のヒロインぶりっこか! と突っ込もうとした私も、揃って固まった。




「ボクは! サヴラさんが、好きです!!」




 さらに、追撃。



 サヴラと私は、同時にゆっくりと声の主――ロイオンの方に顔を向けた。


 視線を受け、ロイオンがさっと俯く。けれどすぐに顔を上げ、サヴラをしっかりと見つめ返して彼は告げた。




「ボクのことなんか眼中にないとわかっています。好きになってもらえなくても、それでも好きなんです。サヴラさんのことが、好きなんです!」




 言うた……言うてもうた……。


 人が愛を告白するシーンを、初めて生で見てもうた……!



 何これ、ヤバい。自分が告られたわけでもないのに、心臓がトキメキターボで高鳴ってドキドキが止まらない。



 すっげー! リアルの告白って、こんな威力高いのかーー!!




「あなたが……あたくしを?」




 サヴラが、か細く問い返す。


 そっと様子を窺った瞬間、私の脳から静かに熱が引いた。



 至近距離にあったのは、期待していたデレ顔ではなく――この上なく醒めた、笑みの形はしていても楽しそうでも嬉しそうでもない、侮蔑と嫌悪に満ちた笑顔。


 ロイオンが必死に頷いても、彼女の表情は変わらなかった。



「そう……あなたも、あたくしをバカにしているのね」



 表情に相応しい冷淡な声でそう告げると、サヴラは掴んでいた私から手を離した。



「そうじゃありません! ボクは本当に……」

「お黙りなさい!」



 厳しく一喝され、ロイオンが怯んで身を竦める。


 そんな彼を憎悪すら滲ませた目で睨み、サヴラは口角をさらに歪めた。



「たかが四爵の子息風情が、あたくしに恋慕? これまたひどい作戦に出たわね。王子の婚約者との密通を隠蔽するにしても、このあたくしがあなた如きに靡いて言うことを聞くとでも思ったのかしら? それとも、この女からあたくしに乗り換えようとでも? 愚かにも程があるわ。あたくしを誰だと思っているの、天下の名門パスハリア一爵家の令嬢よ」



 誤解は結局覆すことができず、ロイオンの告白も本気だと伝わらなかったらしい。



 それじゃあ、何故あんなに動揺した?

 本当は、信じたかったんじゃないの?


 何故あんなに苦しそうに、愛されないと嘆いた?

 本当は、それをくれる人を求めていたんじゃないの?



 ロイオンを私の仲と勘違いして泣いたのも――――本当は彼に心惹かれていたからじゃないの?



 それを問おうとしたけれど、サヴラが吐いた次の言葉が私から声を奪った。



「利用できる者とあらば、庶民だろうと見境なしに接近して色目を使うこの女と、一緒にしないでくださる? 同じ一爵家令嬢とはいえ、あたくしは格が違うのよ。本来ならば王家の血筋に嫁ぐべきはずが、妹の鳴物入りで名を上げただけの格下一爵家の子息と婚約させられたせいで、同類だと勘違いしたのかしら? 本当に、兄妹揃って迷惑な存在ですわね」



 サヴラに向けたお兄様の笑顔が、頭に浮かぶ。


 とても優しい目で、彼女を見つめていた。まだ仲良しだった頃、私に向けていた無邪気な笑顔とは違うけれど、それでも彼女を大切にしていることはしっかりと感じられた。


 なのにこの女は、お兄様を『格下の子息』としか思っていなかった。お兄様の想いを、作り物の笑みで踏み躙っていた。キスしたのも、その延長なのかもしれない。私に当てつけた上で、お兄様の心を虜にして悦に浸りたかっただけなのかもしれない。



 心を奪っておきながら、腹の中ではお前如きがと侮蔑し、あまつさえ迷惑だとすら――――。



 怒りで沸騰しかけた頭が、急速に冷却される。耳慣れない乾いた音が響いたせいだ。



 おかげで、目の前で起こったとんでもない事態を脳内処理するのに遅れた。



「あ、謝ってください……!」



 顔を真っ赤にしたロイオンが、震え声で謝罪を要求する。彼の前には、頬を押さえて唖然とするサヴラ。



 えっと、え? 私、夢でも見た?


 うん、夢だよね…………ロイオンが、サヴラに平手打ちを食らわせるなんて!

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