腐令嬢、迎撃す


 しかと友情を確かめ合った後、私達は手を繋いでリゲルの家に戻った。外で待っていたステファニと合流すると、リゲルは彼女にも頭を下げて詫びた。


 それから我々は、お母様の許可を得て初めてお宅にお邪魔させていただくこととなった。


 ボロっちいと言っていたけれど、ログハウス調の家屋はあたたかみに溢れた素朴な味わいがあって素敵だった。あちこち傷んではいるものの掃除は行き届いているし、内部も女の二人暮らしだけあって可愛らしい小物が溢れている。


 このキュートなセンス、ウチのお母様も少しは見習ってほしいよ。こないだもクソヤベェ悪魔みたいなキモい顔がデカデカと織られてる、いかにも呪われそうなラグマット買ってきてくださったし。

 私の部屋に敷こうとしたから泣いて嫌だと抵抗して、その場にいなかったお兄様に押し付けちゃったよ。遅くに帰宅されたお兄様は部屋に入るなり絶叫して転倒して、大騒ぎになったらしいけど、知らない振りをしたよ。


 薄情な妹でごめんよ……お兄様。



「うっわぁ、これはひっどいですねぇ」



 狭いながらも可愛いセンスで可愛く飾られた可愛いリゲルの部屋で、可愛いエプロンを身に着けた可愛いリゲルママの淹れてくださったお茶を可愛いティーカップでいただきつつ、我々は例の作戦について話し合った。もちろん、座っているクッションもラグマットも可愛い。悪魔の顔なんて織られていない。


 ステファニが持参したイリオスの書いた計画書を読んだリゲルは、本人がいないのをいいことに駄目出ししまくった。



「まず、あたしとクラティラスさんだけで事を進めようとしているところに無理がありますよ。それに、これを考案した人の趣味嗜好がダダ漏れですね。こんな低レベルの企画じゃ、誰も乗ってきません。白百合で身内アゲのクソ劇でもやってろって感じです」


「で、でも着眼点はそれほど悪くないと思うのです。これならば、リゲルさんがクロノ殿下とどうこうなるのではと恐れている者達の肥大妄想を潰せますし、クラティラス様にもおかしな反感を抱く者はいなくなるかと」



 さすがにイリオスを哀れに思ったようで、ステファニが必死にフォローする。イリオスを庇いたい気持ちはわかるけれども、ここは私もリゲルに賛同させていただいた。



「私達の問題は解決できるけど、大きな原因になったクロノを野放しにしたまんまってのが不安だなぁ。この後きっと、第二王子の嫁になりたい連中は猛アタック始めるでしょ? クロノは恋愛する気ないみたいけど、あいつアホだから、まぁた適当な対応して火種を生みそうじゃない? 同じ部活ってだけで、今度は紅薔薇の女の子がターゲットにされるかもしれないよ?」



 だって相手の中に高爵位の令嬢がいるなら、ステファニだってそう簡単に拳で解決するわけにいかない。


 クロノは今のところ一途にリゲルを想っているし、おまけにああ見えて純情DTだ。なのに自分で撒いた種とはいえ、これまでの所業が災いして、彼に言い寄る者達は片っ端から試し食いしてくれると期待している。なので、たとえ彼に『恋愛しません』ときっぱり宣告されても、そう簡単には諦めてくれないだろう。むしろ自分だけが彼の心を変えられるかも……的なお花畑満開フルブルーミン脳で、執拗に追い縋る未来しか見えない。


 でもその気持ち、わかるわー。本当の愛を知らない攻め様を、清らかさと優しさに満ちたあたたかな触れ合いでゆっくり溶かしていく受けちゃんって憧れるもん。




腐腐腐腐腐フフフフフ…………」




 不気味な笑い声に、私ははっとして発信元を向いた。



「そうですよねぇ……? こんな目に遭わせてくださりやがった奴らを駆り立てた、諸悪の原因である無自覚地雷散布野郎が野放しにされるのは、ちょっと不安が残りますよねぇ? そうだなぁ……第二王子がダメなら第三王子を寝取ろうってバカな考えを起こす奴もいるかもしれませんからぁ? イリオス様にもぉ? 張り切ってぇ? ご協力いただきましょうかぁぁぁ……!」



 そこで見せたリゲルの笑顔は、お母様が買ってきた敷物に織られた趣味の悪い悪魔など遥かに凌駕し、この世に存在する邪悪を凝縮したかのように恐ろしく――ステファニですら蒼白して震え、私の体にしがみついてきたほどだった。




 月曜になると、我々は第二回作戦会議を開いた。


 そこで新たなメンバーとなったリゲルが、校正した新案を全員に披露。二人の王子は『こんなのヤダヤダ! ムリムリ!』と文句を言って拒絶しようとしたけれど、我々は奴らを恫喝……じゃなくて説得した。


 そして案を実行するためにみっちり細部まで煮詰め、予定通り、木曜には刺客を放った。いよいよ、作戦の開始である!




 ドキドキしながら見張っていると……来たよ来たよ来たよ! 辺りをチラチラキョロキョロしながら、明らかに挙動不審なネクタイ着用の高等部女子三人組が。


 悪戯がひどくなってから、リゲルはバッグを持って移動するようになった。しかし、唯一それができない時間がある。体育の授業の時だ。


 たとえ見学であろうと、軍人上がりの体育教官は私物の持ち込みを一切許さない。それが嫌でサボれば成績に響くし、何度もサボりを繰り返せば呼び出されてこってり絞られるし、最悪の場合は親に連絡されることもある。なので体育の時間だけは、リゲルも仕方なくバッグを女子更衣室に置いていた。


 そして今、我がクラスはその体育の授業中。


 忍び込んできた奴らは、私達のクラスの時間割もリゲルの行動も把握済らしい。入口に一番近い順からロッカーを開けていく乱暴な音が、室内に響き始めた。


 私は一番奥、突き当たりのロッカーに隠れた状態で、狭い隙間からそれを見守っていた。


 うん……後で怒られるのを覚悟でサボったんだ。鬼教官の凄まじい怒声を想像すると怖いけど、体育の成績だけは良いから一回くらいは許してくれるだろうと信じて。


 リゲルのバッグが置かれているのは、ちょうど部屋の真ん中に当たるロッカー。あまり入口に近いと逃げられるかもしれないし、遠すぎると私が身を潜めているロッカーを開けられてしまう可能性があったのでその位置にした。



 目的の品が入ったロッカーを開けた瞬間――――私の想像した以上の音量で、三人の女子達は揃って悲鳴を上げた。

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