腐令嬢、歌う


 私は元来たキモ木の群れの手前に戻り、腹筋を駆使して大きな声で叫んだ。いや、歌った。



「愛してぇぇぇーるーっ! その一言ぉぉぉがっ、言えなくぅぅぅてっ! 脈打ちぃぃぃ募ぉぉぉるー、切なさぁーに、もう何もぉぉぉ、見ぃえなぁぁーいっ!」



 曲は、前世で私が最後にプレイしたBLゲーム『キスに溺れて俺と沈め』略して『キスオレ』の主題歌『愛しさに殺される〜LOVE KILLER〜』だ。


 …………本当は素晴らしい名曲なのよ? 私が音痴すぎて伝わらないだけで。


 生まれ変わっても音痴を引き継ぐとは思わなかったなー。こっちも来世に期待だわ。



 サイクロプスが、ぎょろりと大きな単眼をこちらに向ける。そして私の姿を認めるや、地を揺らし木々や植物を蹴散らしながら私目掛けて突進してきた。


 幸い、二人が隠れている木にはぶつからなかったようだ。けれど耳を塞いでいてもこの足音と振動で、ただならぬことが起きていることは気付かれてしまっただろう。


 あの子達がパニックを起こして泣き出しでもしてしまったら大変だ。そうなる前に、あいつをこっちに引き付けなきゃ!



「あなたのぉーう、肌に口付けぇぇぇて! 刻みぃつけぇたぁい、この痛みをぉうぉうぉう、オウオウオウ、マイベェェェイベーェェェェイ!」



 先程と同じく、音に反応して動く木を利用して時間と距離を稼ぎつつ、私はサイクロプスを双子のいる場所から離れるよう誘導した。


 問題は、この後。


 この木々の群れを抜けたら、奴と一対一で対峙することになる。そこで、バシッと一発決めなくてはならない。



 できるか?

 否、やるのだ!



 やはり青黒くんより図体がデカい分パワーもあるらしく、サイクロプスくんは進行を阻む木々をへし折って追いかけてきた。それでも何とか一定の間隔を保つことができたのは、奴の足が遅いせいだ。



「ユーゥゥフンフンフン、アーァァァアアンアンアンアン、マイラァァァブゥゥゥッ! マイラァブッ、キラーァアアンアンアンアンン、イズゥ、ユーゥゥゥフンフンフンフン! 届かぬぅぅぅと、打ちのめされてぇぇぇもぉぉぉ! 手をぉぉぉぅ伸ばぁぁぁしぃっ、乞わずにぃぃぃはっ、いられなぁぁぁい! 愛さずにぃぃぃはっ、いられなぁぁぁんぁぁいぃぃぃ!!」



 木のバリケードが役に立たないんだからもう大声を出す必要はなかったんだけど、どうしてもサビだけは歌っておきたかった。だって、これが最期の歌になるかもしれないんだから。


 サビを歌い終えると同時に、踊る木々が途絶えた。


 飛び出した先に待ち受けていたのは、ぽかりと開けた場所。折り重なる枝葉の天井も途切れ、まるでスポットライトを落とすかのように差し込む陽の光が、深い緑の泉を照らしている。


 その幻想的な美しさに呆然と見惚れたのも束の間、背後から耳を劈く咆哮が轟いた。


 思わず逃げ出しそうになったけれど、そこで私は名案を閃き、震える足を踏ん張った。



 頑張れ、私。負けるな、私。


 もう少し、もう少し、もう少し……もう少し!




「ゴゥアアアアアア!!」




 血走った白目部分に比べると、やけに小さな黒目が私を真っ直ぐに見据えて迫る。開きっ放しの口から垂れ落ちる涎に、私の掌ほどありそうな牙が艷やかに光っている。


 むっとする獣臭に際立つ、生臭い吐息が前髪を揺らすまでに奴が接近したところを見計らい――私は左手に転がって突進を回避した。



 サイクロプスは吠えながら、そのままの勢いで泉に墜落した。



 やったあ、大成功!



 …………と喜ぶことができたのは一瞬だった。サイクロプスの奴、ギリのところで泉の縁に手をかけたみたいで、もう這い上がろうとしてるじゃねーか!



 クソ、しぶとい奴め!



 私は軽く助走をつけ、大きくジャンプしてボールを放った。




「ソッイヤー!!」




 鋭く打ち下ろされたボールは、デカい眼球に見事ヒット!


 急所に攻撃を受けたサイクロプスは木々を揺らすほどの悲鳴を上げ、それが止むとゆっくりと泉に沈んでいった。




 今度こそ、やった……んだよね?


 うん、浮かんでこないから大丈夫そう……。




 数分待ってから、やっと私は脱力してその場にへたり込んだ。紫の苔だとか星型のキノコだとか変なものがたくさん生えてたけど、そんなの構ってられない。


 早く双子ちゃんのところに戻らなきゃ。でも今頃になって腰が抜けて、立てないよぅ……。



 心とは裏腹に動かない体を叱咤していると、ふと陽の光が陰った。




 恐る恐る振り向いてみれば、そこには何と青黒くんの姿が。




 うっわ……こんなところまで追いかけてきちゃったってか?

 やっぱり、サイクロプスくんのこと好きだったのかな?


 だとしたら私は、好きな人を殺した仇になるよね。アニメとかゲームなら、ここでサイクロプスくんの幻影が出てきて『俺のために手を汚さないでくれ、君には復讐なんて考えずに幸せになってほしい』なんて言ってくれるんだけど、それも期待できなさそう。


 ああ…………終わったな。




 青黒くんの、大きな手が伸びてくる。




 その鋭い爪で切り裂くのか、それとも岩みたいな掌で握り潰されるのか――――瞼を閉じることも叶わぬまま、私はただぼんやりと見つめていた。目前に迫る死を、待つしかできずに。

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