腐令嬢、突入す


「追いかけましょう、イアキンス先生! 子どもの足じゃ、そう遠くへは」


「バ、バカなことを言わないでくれ! 中に入るなんてとんでもない! 急いで戻って、警備部隊に知らせるんだ!」



 私の言葉を遮り、イアキンス先生は真っ青な顔で首を横に振って救助を拒絶した。



「で、でも隊員達は皆出てしまっています。戻るのを待っているか、探すかしている間に、あの子達に何かあったらどうするんですか!? 今ならまだ間に合います、私達で行きましょう! このまま放っておけば、取り返しのつかないことになるかもしれません!」



 必死に説得しながら、私はイアキンス先生の腕を取った。



「あいつらは禁止されている場所に、遊び半分で足を踏み入れたんだろう!? だったら何があろうと自業自得だ! そんなバカなガキ共のために、一つしかない命を賭けられるか! 俺はこんなところで、そんなくだらないことで死ぬ気なんかない! 行きたいなら君一人で行け!」



 イアキンス先生が、私の手を振り解く。その弾みで、私の体は投げ出された――――境界線を超えた、禁断の地に。



 恐る恐る立ち上がってみたが、先程まで立っていた場所と何も変わりはない。


 なのに、たかが木の向こうに行ってしまったというだけで、イアキンス先生は私に手を伸ばすことも無事を確認する言葉もかけず、ただただ呆然と腰を抜かして固まっていた。



 ダッサ!


 一瞬でもこんなのにときめいた私がアホだったわ。受けちゃんを攫ってやらしいことしようとして、攻め様にフルボッコ食らう801チンチラ以下じゃん!!



「…………そうですわね。あなたのようなお荷物と共に行くくらいなら、一人の方が全然マシだわ」



 手短にそれだけを告げ、私は二人が逃げた方向へと走った。




 奥に進むほど、空を覆う木々の葉は密度を増し、少しずつ暗くなっていった。それにつれて、生息する植物も様相を変えていく。境界線付近は見慣れた草木しかなかったのに、今じゃ何だコレ状態の不気味な形をしたものばかりだ。


 特に気持ち悪いのが、白樺みたいに樹皮が白い細身の木。



「おーい、幼女コンビー! どこ行ったー? 怒らないから早く出ておいでー!」



 このように私が声を放つと、ぐにょんぐにょんと踊る。すごく楽しそうに枝までクネらせる。それがとにかくキモい。


 ついでに、茎部分は静止してるのに花部分は風車みたいにずっと回転してる花もキモい。実の一つ一つが顔になってて、音もなく笑ったり怒ったりしてる植物もキモい。どれもこれもキモい。


 けれど運良く、モンスターには遭遇しなかった。


 中に入って三十分ほど経つけど、出会った生物といったら一メートルくらいあるデカイ蝶とか虹色の光を放つイケてるカブトムシとか、そういった虫くらい。


 あのカブトムシ、ちょっと欲しかったなぁ。コーカサスに形が似てたのもドツボだったんだよなぁ。



 しかし今は、カブトムシを獲りに来たわけじゃないのだ。



「うえええええん! もうやだあ、帰りたいー! ママぁ、助けてー!」


「声を出しちゃダメ! ほらぁ、またぎゅってなっちゃったよー! うわああああん!」



 諦めて一旦引き返そうかと考え始めた頃に、奥まったところから悲痛な悲鳴が轟いた。ぐにょんぐにょんと邪魔するキモ木の間をすり抜け、私は声が聞こえた方へと急いだ。



 そこでついに、女の子二人を発見!



 ぐにょんぐにょんの木々に体を絡め取られて、身動きできなくなっていたらしい。下手に大声を上げるとさらにがんじがらめにされるから、こちらの呼び声に応えられなかったようだ。


 静かにするよう目で訴えて、私は二人を引っ張り出そうとした。が、幹は固結びみたいに二人をしっかり捕えてびくともしない。


 私が到着するまでに、ひどく叫んで暴れたんだろう。こんなキモいもんに絡まれたら、そりゃパニックにもなるわな。


 しかし、どうしたものか? 糸や紐ならまだしも、木だもんなあ。


 苦しさに耐え兼ねたのか、女の子の片方がふえ、と泣き声を漏らした。すると、木が反応してむにょりと動く。おや、少し隙間ができたような?


 どうやらこのキモ木の動きは、音の大きさに比例するらしい。


 そうとわかれば、あとは簡単だ。表面がツルツルしたこれまたキモい幹を手で押さえながら、ちょっとずつ発する音声を微調整して二人に励ましの声をかけ、私は慎重に結び目を解く作業に勤しんだ。



 時間はかかったけれど、女の子達をキモ木から引き出すことに成功しました! やったぞ私、すごいぞ私!!



 その瞬間、彼女達は私に飛び付いてきて――しかしキモ木に囚われるのは余程懲りたらしく、揃って声を殺して泣いた。


 二人の温もりを感じながら、私は助けに来て本当に良かったと心から思った。あのままクソ教師の言う通りに警備部隊に任せることにして救助が遅れていたら、この子達は絞め殺されていたかもしれない。



 キモ木から離れた場所で改めて確認してみると、二人はやっぱり双子だった。


 ツインテールに赤いリボンを結んでいる方がジェミィ、黄色のリボンを着けて大切そうに青いボールを抱えているのがディディ、年齢は五歳だそうな。



「ディディが悪いの。暑いから日陰でボール遊びしようって、ディディが誘ったの。怒られる?」


「ジェミィも悪いの。いつもより奥に行ってみようって、ジェミィが誘ったの。怒られる?」



 私の左右それぞれの手を繋いだ二人が、不安げにこちらを見上げる。



「心配しなくて大丈夫よ。私も勝手に入っちゃったし。今回は代わりに私が怒られてあげる。だから、二度とこんなことしちゃダメだよ? 約束ね?」



 左のジェミィ、右のディディを交互に見て、私は優しく微笑んでみせた。



「ありがとう、お姉ちゃん!」



 可愛らしく声を揃えて、二人が腰に抱きついてくる。その途端、きゅん、と胸が切ない音を立てた。


 けれど、これは萌えじゃない。


 萌えよりももっと深くて、愛おしい――。



「お、お姉ちゃん……」

「ま、前……前に!」


「前?」



 二人の言葉に我に返り、何気なく顔を上げた私は――――盛大に叫んだ。



「ぎゃああああああ!!」



 我々の背後数メートル向こうに佇んでいたのは、三メートルはあろうかという長身に、ウロコ状の青黒い肌、そして頭部に大きな角を生やした、どこをどう見ても人じゃない感満載のモンスターだった。


 初のモンスターエンカウント、キタコレ!

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