腐令嬢、凍る


 私が受験を決意したすぐ後、リゲルは小学校の校長から『王国特待生』に選抜された旨を伝えられたのだという。


 授業料も免除になるので、家族は病気から快癒したばかりの母のみという家庭環境にあるリゲルにとって、それは願ったりの申し出だった。


 だが、特待生に選ばれたということは他言無用の秘密厳守。何故なら、アステリア学園は王国で最も倍率の高い学校だからだ。


 そのため、幼少からアステリア学園入学を夢見て勉強漬けの日々を送ってきた者も多い。彼らの嫉妬を買うと、いじめられるのはまだいい方で、時には特待生枠の空きを狙って危害を加えられる恐れもあるそうな。過去には『アステリア学園特待生狩り』まで行われたというから、怖い話である。


 私や『萌えBL愛好会(仮)』のメンバー達のことは信頼していたけれど、自分などが特待生に選ばれたと伝えたら、皆の士気を下げてしまうかもしれない――その思いが強くて打ち明けられなかったと、リゲルは白状した。



 でもそれなら、皆が合格した時に教えてくれれば良かったのに、と言ったら。



「エヘヘ、皆さんをビックリさせてみたかったんです。クラティラスさん達と同じ学校に通えるなんて夢みたいで……ここに来て、クラティラスさんの顔を見るまでは、自分でも信じられなかったほどでしたから」



 ですってよ!



 運悪くゴブラ、じゃなくてサヴラにぶつかったのも、私を探してキョロキョロしながら歩いていたせいなんだって。


 可愛すぎない? こんなん余裕で好きになるよね?


 私、BL好きだけど自分が結ばれるなら同じBL好きな女の子もいいかな〜なんて思い始めてるんだ……リゲルならアリだよね。


 アリアリのアリーナツアー、スリーデイズ満席御礼、追加公演決定だよ!



 同じ学校に通えるだけでも嬉しいのに、リゲルとは何とクラスも同じだった。喜びのあまり、軽く昇天しかけたわ。



 けれど聖アリス女学院初等部で『萌えBL愛好会(仮)』を結成した面子は、残念ながら同じクラスにはなれなかった。ちょっと寂しいけど、それぞれ新たな友達を作って紹介し合って、大きな輪を作っていくのもいいよね。


 日本の学校みたいに席順は決まってないようだったので、教室に入った私とリゲルは、隣合わせに座ってクラスの男子をおつまみにキャッキャのウ腐腐フフと話していた。



 すると、不意に――新入生らしくフレッシュに華やいでいた教室内が、急に静まり返った。



「クラティラス様、おはようございます」



 声をかけられて顔を上げれば、机の前に、赤い髪をギブソンタックできちんとまとめ上げた琥珀目のお人形さんのような美少女が立っている。



「ステファニ、おはよう! おー、アステリア学園の制服も超似合ってんねー。どう、元気してた? ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんと食べさせてもらってたの?」


「お褒めにあずかり光栄です。元気ですし痩せてもいません。たった二日でそんなに体型が変わったら、それこそ病気です」



 笑顔で問いかける私に、ステファニは相変わらず無表情のまま、機械音声の如き正確さで答えた。



 このクールなドーリーフェイスで、『アステリア学園物語〜星花せいかの恋魔法譚〜』に登場する女の子の中でも熱狂的な支持を得ていた彼女は、ステファニ・リリオン。

訳あって現在、レヴァンタ家で共に暮らしている。


 ところが、ステファニたんってば完璧に見えて意外とうっかり屋さんな面もあるんだよね。現住所記載の部分に誤って前の居住地を記入したせいで、新しい制服が前の居住地に送られてしまい、本日はそちらからの登校となったのだ。



 …………で、彼女の前の居住地というのが、とても厄介で。




「おはようございます、クラティラスさん。僕には挨拶なしですかぁ? ちょっと冷たいんじゃないですかねぇ?」




 ステファニの背後から進み出て来たるは、毛先が軽く踊る銀の髪に切れ上がる眦に輝く紅の瞳が冷ややかな妖しさを醸し出す美少年。



 このゲームにおける、ヒロインのメイン攻略対象――――その名もアステリア王国第三王子、イリオス・オルフィディ・アステリア殿下である。



 会うのは聖アリス女学院の卒業式以来だが、変声期特有の半端な掠れ声が大分落ち着き、かなり本家CVの音声に近付いていた。顔面も初めて会った時に比べると子どもらしいあどけなさが抜けて、随分と大人びてきた気がする。


 ここまでくると、いよいよキャラクターデザイナーが全力を注いだ御本尊のベースが完全に出来上がったといった感じだ。


 あーあ、すっかり可愛くなくなっちまったなー。



「あ、お前もいたんだ……じゃなくて、眩しすぎて見えませんでしたわー。ごきげんようですわー」



 ステファニばりの棒読みで、私は彼に適当極まりない挨拶を返して差し上げた。愛想笑いも浮かべたくなかったので、代わりに舌打ちのサービスもしておく。



 何を隠そう、ステファニの前の居住地とは王族が住まうアステリア城。


 士官学校にいた彼女の美貌に目を付けた国王陛下によって、『女に興味がなさすぎて将来が危ぶまれる』息子のために引き抜かれ、三年もの月日をクソ野郎の世話で浪費させられた薄幸の美少女、それがステファニなのだ。



「うわ、何ですか、その態度。感じ悪いですなー」



 イリオスが大袈裟に肩を竦めて、うんざりと空を仰ぐ。


 こんなムカつく表情や仕草までキマッてるって、ズルすぎね? 前世じゃ、ボサボサ頭に無精髭に眼鏡のモサキモダサ三拍子揃ったヲタクソ野郎だったくせに!



「あ……あなた、もしかしてあの時の」



 すると隣から、リゲルが小さく声を放った。


 途端にイリオスがキリッと表情を引き締め、彼女に向き直る。



「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕はアステリア王国……」


「やっぱり! 暗黒ネフェロ様にブッチンブッチンにスパンキングされて、涙目で『もっと、もっとください!』ってだらしなくせがんでた人ですよね!? 素肌に食い込む縄すら快感を呼ぶからって身を捩らせながら!」



 その瞬間――――イリオスだけでなく、ステファニも私も、そしてクラス全員までもが凍りついた。

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