悪役腐令嬢様とお呼び!
節トキ
大神死すとも腐魂死なず
腐女子、死す
青い空を背景に、バッグの中身が散乱して舞い上がる様が映る。
スマホ、財布、文房具――そしてページを開き、鳥のように羽ばたいたかと思えば哀れにも墜落していく大切な愛読書の数々。
その一つ一つを、私は呆然と眺めていた。
先に大きい荷物だけ送っといて良かった。下着がとっ散らかったら恥ずかしいし、えげつないエロ本も持ってきてたもんなあ。あれ人に見られたら、それこそ死んでも死にきれねーよ。
そんなことを考えて、私は震えそうになった。けれど、体はピクリとも動かない。声も出せない。自分の身が今どうなってるのか、全くわからない。肉体の感覚も存在も、まるで認識できない。
あー、これ駄目だわ。間違いなく死ぬわ。何かいい感じに走馬灯回り始めたし。
思えば、腐った人生だった――とても良い意味で。
きっかけは、幼稚園から観始めた魔法少女アニメの登場キャラに腐萌えしたこと。それ以来、私は全ての作品をBL目線でしか見られなくなった。
ほら、私の走馬灯をご覧? 捏造カプがわんさかおるじゃろう? 全て男同士じゃろう?
彼らはワシが育てた。この脳内で。
初代『キュンプリうぉーりあ』の
それから『
本当にありがとう。
腐敗発酵熟成を極め堕落した私の魂などを見送ってくれるなんて、腐冥利に尽きる。
やっとR18に手出しできるようになったというのに、ついに受験から解放されてBL同人のオフ活動も伸び伸びできるようになったというのに、たった十九年で生を閉じるのは寂しい。だが、君達のおかげで幸せな人生だった。心からそう言える。
とそこへ、愛読していたBL本に混じって舞う乙女ゲームのパッケージが目に留まった。
タイトルは『アステリア学園物語〜
あー、これなー。
乙女ゲーにどハマリしてる妹の
何が辛かったって、まずヒロインあざとすぎ問題。全く感情移入できなくて、ストーリー進めるのに本当に苦労したよ。
平凡な庶民って設定なのに、どのキャラよりも可愛いし、出会う男は皆まとめて虜にするし、実は強大な魔力を持つ聖女だしって、盛りすぎやん。一緒に渡された公式ガイドブックと設定資料集読んだだけで、ウヘァってなったね。
何より受け付けなかったのが、メイン攻略対象である王子。
王族が庶民と同じ高等学校に通ってるっつー設定からしておかしいんだけど、王子なのに性格がクソ悪い。俺様クール系ツンデレ男子は好物だけど、こいつの場合はただ厚かましくて偉そうでウザいだけ。デレても上から目線って何様俺様、イリオス様かよ。そうそう、イリオスって名前だったな。
同じ学園に留学中の隣国王子、ヒロインの幼馴染キャラ、クラスメイトの眼鏡男子、掴みどころのない同級生、年下のスポーツ少年、先輩の生徒会長…………攻略対象はたくさんいたけれど、皆それぞれに魅力があったんだ。なのにこのクソ王子に関してだけは、ひとっつもいいところが見出せなかった。
おまけに、ヒロインを苦境に追い込んでストーリーを盛り上げるヘイトキャラ、所謂『悪役令嬢』が可哀想でさー。
亜季に教わったところ、乙女ゲームにはこういったキャラがよく登場するんだそうな。ヒロインへの同情と共感を煽って、プレイヤーにより強いカタルシスを与えるための舞台装置みたいなもんなんだろうけど、にしたって扱いがひどすぎるわ。
この悪役令嬢なる貴族の女の子、幼い頃にクソ王子と婚約したってのに公衆の面前で婚約破棄されるの。で、その後に自害しちゃうの。
いや、それが王子ルートのみならわかるよ?
ヒロインが他のどの男とくっついても、王子が必ず婚約破棄するの。自害ルート確定なの。おかしくね?
これにもかなり苛つかされて、王子がますます嫌いになった。無理すぎてBL妄想すら不可能なレベル。
恋破れたからって婚約破棄してんじゃねーよ。結婚したれよ。お前のルートならまだしも、それ以外ならみすみす死なすことねーだろ。婚約者を何だと思ってんだよ。
そういや
そうだ、帰ったらオススメを借りて読んでみよう。
それを参考にこのクソオブクソゲーの二次BL描こっかな。主役は可哀想な悪役令嬢を男体化させた薄幸受けに決まりね。ヒロインも男にして……そうだな、あざと可愛いショタっ子に見せかけた腹黒キャラなんて良いかも。
で、他のメンバーとハーレムしちゃうの!
但し王子、てめーは駄目だ。かといってあいつだけ出さないのも不自然だから、当て馬として精々働かせてやる。顔だけはいいもんな。ホント面が好みだっただけに中身のガッカリ感パネェわ、クソが。
――――が、私の性癖を詰め込んだ、BL捏造注意の二次同人誌を描くことはもう叶わない。
可愛い可愛い二人の妹ちゃんが待ってる実家に帰る途中の事故だったんだよね。まさか一人暮らし始めて初のゴールデンウィーク帰省が、こんなことになるなんてなー。
「救急車が来たぞ!」
「ああ、こっちの人はもう駄目だ……」
サイレンが止まると同時に放たれた誰かの声に、私は動かない首の代わりに視線だけを向けた。
集まった救急隊員達の隙間から見えたのは、猫の足跡を刻印した可愛らしいピンクのソールだけ。直前まで目にしていた、アニメコラボ限定版のスニーカーだ。
そうだ、あいつ。
あいつに会って、信号待ちしながら口喧嘩してたら車が突っ込んできたんだ。
はっきり言って、いけ好かない奴だった。大きく括れば同じオタ、なのにあいつとだけはとはずっと相容れなかった。
今日だって卒業式以来、一ヶ月半ぶりに再会したってのに相変わらず感じ悪くてさー。さっきまで嫌味ったらしい薄笑い浮かべながら、人の趣味を貶してたんだよね。
ほら、周りの人も認めるダメさ加減だよ?
何だよ、恥ずかしくて起きられないの?
ねえ……ダメって、何? ダメ人間的な意味のダメだよね?
処置を施していた救急隊員達は諦めたように立ち上がり、奴の体にさっとシートを被せた。そのせいでどういう状況なのかはわからなかったけれど――――シートの下から道路を黒く染める大量の血らしきものが見えた。
ウソ、待ってよ……死んじゃったの?
おい、ふざけんな。お前にはまだまだ文句を言い足りないんだぞ? こんなことになったのもお前のせいだってのに。起きろ、起きて腹立つブス面見せろ。せめて死ぬ前に一発殴らせろ。
勝手に死んでんじゃねーよ、エミ……!
「大丈夫ですか!? 私の声が聞こえますか!?」
「すぐに応急処置しますからね! もう少しだけ頑張ってください!」
私の声にならない声は、いつの間にか周りに集まっていた救急隊員達の呼び声にかき消された。
いえ、結構。こちらももう手遅れだと思いますので。
心の中でそう答え、私は遠退く意識に任せて静かに目を閉じた。
次に生まれ変わるなら、素晴らしきBLワールドの片隅で、可愛い受けちゃんと尊きことこの上ない攻め様をいつまでもニラニラ見守り続けられるモブになりたいな、と願いながら。
こうして私、
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